陸上に捧げた、青春の先に
トウデン@ほぼROM専
第1話 中学生活は幸先悪いようです。
ーー中学一年の春。
私、中島理玖は田津丸中学校に入学しました。
それは憧れのお姉さんになれたような、特別な気持ちで臨む人生の節目。わくわくと心が踊る素晴らしい学校生活がはじまる。
入学式を終えて、新しいことに慣れようとしている私たち新入生は、授業や給食の配膳など様々なことやルールを学んだ。
そうして中学生という肩書きに慣れていく過程は、どこか遠くで過ぎていく日々のように、他人事のように感じる。そんな浮ついた気持ちの中、担任の先生方からある知らせが入った。
----『部活動見学期間』の開始。
わくわくしていた、のに。
くちゃくちゃにされた入部申込書を持って、美術室の前で立ち竦んでいた。
小学校の頃から絵が好きだった。私の行動習慣は、折り紙をするか、図書室に入り浸るか、または絵を描くか。
私の友達はみんな美術部に入る。私も入れるって、みんなとのお話に混ざれるって、楽しく絵を勉強できるって、思ってた。
「なんで……」
美術室の中にいる私以外の”おともだち“。
手に絵の具をつけて、楽しそうに話している。その目の前には、とても綺麗な笑顔で描かれた、憎らしいほどに綺麗な田津丸中の校舎。
私がいなくても……なんて、可哀想な女になりたいわけじゃないけど、でもやっぱりあの空間は完成されていて。
いいじゃないか、別に主役じゃなくとも。親友ポジだって大変だ。それに、脇役だってみんなを楽しませる一助になれるのだから。
あの子たちとの友情はこれで途切れたりしないと信じて、学校生活を送ることが大切だと思っておこう。
みんなからしたら私が裏切り者なのだろう。結局はみんなと違う、私も望んでもいなかった『陸上競技部』に入部するのだから。
美術部に入りたいと言った私に、あの時母はこう言った。
「美術部なんて、入る意味ないじゃないの。運動しなさい。……あ、それならみんな走ってるのだから、陸上部がいいんじゃない?」
さもどうでもいいように、けれどばっさりと、呆気なく言い捨てられた。
大きくて深い、暗い奈落に一人置いて行かれて、ただ楽しげなみんなの様子を見させられているような、大きな絶望が私の肺を重くした。
私の思い描いていた未来図が、音を立てて崩れ落ちるのを感じたのだ。反発することすら頭にないほど余裕がなかったのに、それを冷静に分析する自分もいた。
ー母は元陸上部。
中高でずっと幅跳びとハードルをしていたらしい。かなり大きめな大会まで進出したことがあって、今はマラソンを嗜んでいる。マラソンも、女性の中では上澄の方らしい。
ー父は学生時代はいろいろなスポーツをしていた。
サッカーに柔道、野球にテニス。柔道は県大会優勝していたって教えてもらった。今は母と同じマラソンをしている。怪我もするけど運動が好きみたい。
ー兄は今社会人だけど、空手をした後は中高ともに陸上部。
長距離種目をしていたらしい。県大会までは進んだことのある、決して遅くはない人。最近また走りはじめたと言っていた。
ー私は、兄貴に憧れて空手をしていた。
全然踏み込めなくて、組み手の試合では一回戦負けが多かったな。型はそこまでひどくは無かったけど準々決勝にすら上がれなかったし、センスが、才能がないんだろう。
そう振り返ると、さっきの母の言葉に納得した。運動ができる家族の中で、“運動をしない”なんて選択肢を持たせてもらえるなんて、ありえないと。みんな何かしら結果を出している。
口の左端だけが少しだけ歪に上がる。……まぁ、笑うしかないよね。
ああ、でも、本当にどうしよう。
空手の道場にいた馴染みのある子__同期なんて8年の付き合いだ__は当然陸上部にはいない。最近は疎遠だし。これは好都合とも言えるし、またその逆も然り。
知り合いのいないグループに入るなんて、どうしたら良いのかわからない。小学校では内向的すぎて先生からすごく心配されてたし。
はぁ、親から崖から突き落とされたかのような心境だ。
「気が、重いな。……仲良くなりたい、けど」
どうだろう、私を見てくれるのかな。
友達は、美術部に入れない私に残念がるどころか、大して興味のない様子だった。親友だよって言ってくれた子も、私より優先して、中学に入ってできた友達と過ごすのを見るのは、結構キツイものがあるよね。
うん、大丈夫、わかってる。私は立場を理解してる。
2番目も必要でしょ?スペアは重要だよね。
でも、誰かの1番になりたい。誰か一人だけでも、私を見てほしい。一番がほしい。私は、ずっと君たちに友愛を捧げてきたよ。
私はずっとそれを閉じ込めてる。……言ったところで、白けるし。
はは、これ、押し付けがましかったのかな。だから二番目以下でしかあれないだろうね。
そんな私がよりにもよって、陽キャばっかり(偏見)の運動部になる?きっと苦しいだろう。悲しくて泣き出すんだろう。それでもこの三年間は、逃げることができない。
運動は嫌いだ。わざわざ体力を無駄に消耗するだけで、日常生活に必要のない動きをしなければならないなんて。
……じゃあなんで空手をしてたんだっけ、と思ったけど。
兄貴の空手に、その動きの美しさに、憧れてしまったから続けてたんだ。なら、陸上の楽しさを見つけてみようか。そう考えると、悪くはないのかな。
ー中学一年の春。
それは絶望とほんのわずかな希望ではじまった。
なんてシリアスではじまったけれど、まずはこの入部届を放課後に顧問の先生へと出しに行かなきゃな……。
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