第十話


「『迅雷ライトニング』」


 紡いだのは短文。起こる現象もまた一瞬。

 杖を上から下へと振り下ろす。ただその一動作に連動して、広場に小さな雷が落ちた。


「避けたか。貴様のその俊足ぶり、やはり厄介だな」

「⋯⋯」


 落下点にセトの姿はなかった。彼が居たのは、雷に穿たれた地点のすぐ後ろである。

 速攻の一撃は回避された。だがアルシュベイトは悔しがる素振りもなく、見事と頷く。悠長なようだが、裏返せば自信の表れに他ならなかった。


「だが逃げるだけで精一杯のようだな。果たしていつまで持つかな?」

「っ!」


 速さ比べだと言わんばかりに、再びアルシュベイトは杖を降る。同じ短文、同じ動作。迅雷がもう一度来る。

 セトは直ぐさまにその場を飛び退いた。雷が捉えたのはその影だけで、直撃には至らない。

 飛び退きながらも、セトの視点はアルシュベイトと広場の地面を交互に動く。

 そして着地し、確認した。着地したばかりのその地点が、薄く光っていることに。


「──ふっ」

「ほう」


 間髪入れずにもう一度跳躍したセトに、アルシュベイトは感嘆を漏らした。


「早くも気付いたか、迅雷ライトニングの短所に。この魔法が発動が速いのはいいが、いかんせん愚直でね。足元を見ぬ輩は容易に裁けるが、慎重な臆病者には少々親切なのが玉にきずだ」

「⋯⋯だったら、あんたに一番効く魔法ってことだな」

「ククク。嗚呼、全く以て。常に上を目指す者が、足下の蟻を気にしろというのも難儀であるからな。だが見よ、この魔法は我が手の内。天というものは采配を実に分かっているものだ、な!」


 戯言に湿らせた貴族の口も、すぐに魔法使いのものへと変わる。テンポを上げて紡がれる。迅雷。迅雷。迅雷と。

 矢継ぎ早に降ってくる稲妻を、息つく間もなく避け続けるセト。避けては降って、避けた先も既に地が光る。

 数こそ一つ一つだが、その連続性は脅威の一言に尽きる。さながら積乱雲の中に居るかのようであった。


 だが、セトとてただ避け続ける一方ではない。回避しながらも徐々にアルシュベイトの方へと近付き、接近戦を仕掛けられるタイミングを窺っていた。


「ここだ!」

「!」


 そして待ち望んだ時が来る。

 大きく跳躍すれば、一息にアルシュベイトへ届く距離。

 バネを沈ませるように、セトは強く地を踏み込んだ。


「勘違いしてもらっては困るな──私が使える魔法は、一種だけではないぞ?」

「!」

「『雷鋏エルシザース』」


 しかし、これはアルシュベイトが仕掛けた罠であった。セトの思惑を見抜いていた彼は、迅雷とは別の魔法を発動させていたのだ。

 発生した現象は、劇的だった。アルシュベイトの前面から雷で出来た一対の刃が、開いたはさみの様な形で出現したのである。

 開いた鋏ならば、閉じて断つのは想像に易い。

 あれはいわば、アリジゴクの顎なのだ。ならば突っ込むのは悪手。

 即座に判断したセトは、猫のような足首の柔軟性でもって跳躍の方向を変えることにより、雷鋏に空を切らせた。


「不発か。野生の勘というやつは恐ろしいな」


 最悪の難は脱せた。だが状況自体を覆せた訳ではない。

 むしろ目の前の男の攻略が、より厄介になったことの証明でもあった。



「あれが魔法、はじめて見たぜ」

「貴族とかエルフが使える特権っていうやつか。あんな便利な代物があれば、そりゃデカい顔するだろうさ」

「そんなこと言ってる場合じゃないよ! セトは大丈夫なのかい?!」

「だ、大丈夫⋯⋯とは、言えないよな。多分」


 一連を目にした群衆は、魔法の存在にどよめいた。

 特に冒険者達の表情は険しいもので、セトの立たされている苦境が容易に想像出来るのだろう。中には不安を隠そうともしない者もおり、その不安は子供達へと伝播していた。


「し、しんいり。セト兄、勝てるよな? 負けねーよな?」

「なにを焦る。魔法といっても、たかだか雷気を操れる程度ではないか。あの程度の芸当なぞに化かされるセトではあるまい」

「で、でもセトの兄ちゃん、困ってるよね? あんな強い人と戦うのに、なにも装備してないし」

「⋯⋯なに?」


 旗色の悪さを感じ取った子を安心させるべく、スピカはセトへの信頼を語る。確かにアルシュベイトは多彩な手を使えるようだが、それでもセトの方が強いと。

 だが強固な信頼にひびを入れたのは、もう一人の子が呟いた言葉だった。


(なにも、装備してない⋯⋯)


 スピカの脳裏を駆け巡る記憶。

 彼と初めて会った時。それから数度、自分に会いに来てくれた時。自分をダンジョンの外へと連れ出してくれた時。

 セトは、あんな風に服以外なにも身に付けていないような軽装であっただろうかと。


「あっ」


 その時になってやっと、スピカは気付いた。

 今のセトは、決して万全の状態ではないことに。



 一方、更に勢いを増すアルシュベイトの猛攻を、セトはなんとか凌ぎ切っていた。


(遠中距離の速射魔法に、高威力の近距離魔法か。一手増えただけで、一気にキツくなる)


 アルシュベイトは魔法の使い方も狡猾だった。ただ無闇に魔法を使うのではなく姿勢を崩そうと揺さぶったり、時間差で発動してあえてテンポを崩したりと、搦め手も多かった。

 なんとかギリギリで避けれてはいるが、防戦一方。加えて心理戦の重みも手伝って、セトの体力も大きく削れていく。


(ああもう、馬鹿か俺は。準備時間ぐらい提案するべきだった。せめていつもの装備があれば話は変わってくるのに、俺のミスだ!)


 冷静さを欠いたのが失敗だった。やはり頭に血が上るとろくな事にならない。悔しさで奥歯が鈍く鳴る。

 だからといって諦めた訳ではない。まだ万策尽きた訳ではなかった。


(あいつの杖を奪う。もうそれしかない)


 セトの狙いは、アルシュベイトの持つ杖だった。

 魔法使いは、杖を介して魔法を発動する。ならばその杖を奪うこと。それが劣勢を覆す最短距離の最優手であるのは明白だ。

 問題はどうやって近付くかなのだが⋯⋯それについても、『奥の手』が残っている。


(マザー、ごめん。約束破るけど、ジャスティスは勘弁してくれよ)


 鋭く呼吸を吐いて、深く、低く身構える。

 クラウチングスタートに似たその姿勢は、飛び掛かる寸前の豹を思わせた。だからこそ泰然としていたアルシュベイトも、笑みを消した。

 そして。


「────」

「な、に?」


 ほんのまばたきの間に、セトが忽然と姿を消していたのである。正面に居たアルシュベイトからすれは、尚更信じ難い事だろう。

 まさか背後へと、セトが『瞬間移動した』だなんて。


「! アルシュ──」


 位置的にセトの姿をいち早く視認出来た兵士が、声を挙げようとするも間に合わない。既にその手はアルシュベイトの杖へと伸びていた。


(獲った!)


 しかし。


──バチィッ。


「!?」


 指先が杖へと届く刹那。強い静電気の音が鳴り響き、極小の稲妻がセトの指を弾いたのだ。

 弾くと同時に、アルシュベイトが輝いた。見開いたセトの瞳に映ったのは、アルシュベイトの身体を包む黄金色の電磁波だった。

 まさに雷の鎧。これに阻まれたのだとセトは理解するも、その硬直は決定的な隙となる。


「『雷矢インドラ』」

「ぐあぁぁぁぁっ!?」


 振り向きもしないままに呟かれたのは、新たな魔法の名。

 雷の鎧が即座に収束し、一つの矢となって放たれ、セトの体を撃ち抜いたのである。

 文字通り雷に打たれたかの様な痛撃に、セトは膝から崩れ落ちた。


「⋯⋯どうやって一瞬で移動したかは分からぬが、残念だったな。この雷矢インドラは貴様が身をもって知った通り、雷を矢として飛ばす魔法だ。しかし発動待機状態は、鎧の様に纏わせ、私に触れようとした瞬間に察知し、一気に収束して襲いかかるように使うことも出来る。私に死角は、ないのだよ!」

「ぐはッッ」


 感電状態にあるセトを、アルシュベイトは蹴り飛ばした。

 まともにガードも出来ないままに食らったセトの身体が、軽々と宙を飛び、地を転がる。

 セトとアルシュベイト。奇しくも決闘の始まりと同じ位置。しかしその構図は、今や大きく異なった。


「理解したか。これが魔法、これが力だ。この私を、大貴族を侮った貴様らが知るべき現実だ!」

「くっ⋯⋯!」


 杖を掲げて君臨する雷卿と、片膝をついて苦痛に顔を歪める冒険者。どちらがより勝者へと近いのかは一目瞭然、趨勢はアルシュベイトへと傾いている。

 そして遂に勝敗を決すべく、アルシュベイトは掲げた杖を振り下ろすも──その動きがピタリと止まった。


「スピ、カ⋯⋯?」

「これはこれは。ご機嫌いかがかなスピカ殿。こうして現実を目の当たりにして、ようやく私の元へ来るのが正しいと理解されたか?」

「なにを勘違いしているのか知らんが、我は依然としてお前に興味などないぞ」


 アルシュベイトが動きを止めた理由は、スピカの介入であった。セコンドに徹していたはずの彼女が、いつの間にかセトの隣へと立っていたのだ。


「ではその男の命乞いかな? 或いは、今生の別れを言い告げに来たのかな?」

「我がそんな脆弱な真似などするはずなかろう。乞うぐらいならば、我自らの手でお前をけちょんけちょんにしているぞ」

「は。それは血気盛んなことだ。ではまさか、スピカ殿もこの決闘に参戦なされると?」

「馬鹿を言うな。ちょっと物知らずな我だって、既に火蓋を切った決闘の形式を今更歪めるなど、儀礼知らずな真似だと承知している」

「フフ、それはそれは」


 なかなかの暴論ぶりだったが、アルシュベイトはそれ以上口を挟もうとはしなかった。どちらにせよ白旗を振りに来たに違いないだろうと断じている。

 ならばさっさと決着をつけてしまうより、スピカがここからどう足掻こうとしているのか、静観するのも一興だと。 

 果たしてどんな茶番劇を見せてくれるのかと、アルシュベイトは酷薄な笑みを浮かべた。


「⋯⋯我の同胞ともあろうものが情けないって、叱りにでも来たのか?」

「いつになくしおらしいではないか、セト。ふむ。そんなそなたも悪くない。キュンと胸が高鳴るぞ」

「下らない冗談言ってる場合かよっ」

「冗談ではないのだがな⋯⋯まあ良い。立つのだ、セトよ」


 軽口を叩きつつも、スピカはセトの再起を促した。

 空気を読まないその態度に軽くイラッときつつも、セトは膝に力を入れる。

 立ち上がるのに、手を借りるつもりはなかった。

 スピカもまた、手を貸さなかった。


「ぐっ、つぅ⋯⋯んで、何しに来たんだよ」

「うむ。実はそなたが万全でないことに気付いてしまってな。あっという間に決闘が始まってしまったからだろうが、あの無礼者を焚き付けた我にも責がある。故に、その責任を取りに来たのだ」

「責任って⋯⋯まさか、装備を持ってきてくれたのか?」

「ははは、そんなまさか。我はそなたの戦いを見届けていたのだぞ? 孤児院に戻る暇など全然なかった!」


 だったらいよいよ、スピカがこうして割って入った理由が分からない。決闘を取り止めるつもりはないようだし、平然としているこの黒竜の意図が、セトには分からなかった。

 しかし、黒竜にはちゃんとした目的があった。彼女はセトの不利を覆す為の一手を、打ちに来たのである。


「その代わりといってはなんだが、そなたに我のとっておきを授けよう」

「とっておき?」

「うむ。喜べセトよ、我からの、そなただけにする大サービスだ。人の身には有り余る偉業となるだろう。誇ってくれていいぞ!」


 なんだそれは。なんだその妙に尊大な言い回しは。

 猛烈に嫌な予感に襲われるセトだが、黒竜は待ってくれない。するりとセトの背に手を回し、豊乳をセトの胸に押し付け、髪を揺らして目を閉じ、そして。


「我が同胞、セト・アルステラ。そなたに力を。

 では失礼⋯⋯⋯⋯、⋯⋯ン。ちゅ⋯⋯」

「!?!?!?!?」


 黒竜グラムスピカは、セトにキスをした。

 深く、長いキスをした。





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