第2話 粗忽なる者共に鮮血の裁きあれ

駄馬に乗った浅黒い肌の大男2人が前に進み出る。


わたくしは彼らに施した「服従の戒め」を解くべく「記憶と放浪を司る青年神エマノン」の解呪印を結ぶ。


それは馬上で踊る異国の舞いのように見えたろうか。


かつてこの動きを兄様あにさまは美しいと評してくれた。そんな記憶が脳裏に浮かぶ。


「さあ、凶悪なる海賊達よ。草の海ではあるが存分に暴れ、掠奪せよ。痛みを感じぬようにしてやった。恐るものは何もあるまい」


もとより凶悪無比と言われるバルリアの海賊は、戦力として血栓などとは比べものにならない。


彼らは焦点の合わぬ目で、涎を垂らし野獣の咆哮とともに盗賊達に突っ込んでいく。


二匹の野獣は次々と素手で盗賊の首を掴み、まるでバロア名物の砂糖菓子のように砕いてゆく。


「化け物め」

「飛び道具だ!弓と石!」


盗賊達も数が多い。

斬っても叩いても戦いをやめない巨漢から距離を取り、囲もうとする。


更に、左右から矢や石が飛ぶ。

茂みや岩陰にいた伏兵達だ。


その投擲の出どころを探るのが奴隷を突っ込ませたもう一つの理由だ。


「右の茂みに2人、左の岩陰に3人と見ました」


レントがわたくしに告げる。

この見習い騎士は元々は優れた斥候だった。こういう時の為の訓練も積んでいる。


ロイじい、肉壁はもうもたぬ。飛び道具が止んだら正面の残りを。ザルツ、レントは茂みを頼みます」


鋭く指示を飛ばして、わたくしは左の岩陰に愛馬を飛ばす。


我が愛馬よナイトシェイド、跳べっ!」


おそらく競りに出せば砦一つ分以上の値が付くであろう稀代の名馬は、命じられた通りに跳ぶ。


奴隷達に矢を射るのに夢中になっていた3人の伏兵は、突然の奇襲にぽかんと口を開け宙を見上げる。


わたくしには相手を嬲ったり拷問したりといった成金貴族のような趣味は無いので、そのまま1人目を愛馬に踏ませ、2人目が叫ぶ前にその喉に短刀を投げつけた。無粋な叫びは聞きたくなかったからだ。


しかし残りの1人が、うわあああ!と酷く叫びを上げてわたくしの気遣いを台無しにした。

仕方ないので、這いずり逃げようとするその頭を愛馬ナイトシェイドの蹄で砕いて処分した。


男達がわたくしに行おうとしていた蛮行に比べれば、あまりに慈悲深い終わらせ方だと言えよう。


ほんの数分で決着はついた。


わたくし自身に大の男を斬り倒す腕力などなくとも、こうして馬やナイフが代わりにこなしてくれる。主人あるじは最強である必要はない、強者つわものどもに守らせるものだーーまさに兄様あにさまに教えていただいた通りの結果だ。


こちらの損害は奴隷2人。駄馬が2頭。

荷役を失ったのは痛いが仕方ない。

わたくしは剣より重い物は持てないので、騎士達が運べない余分な荷物は置いてゆくしかない。

兄様あにさまに後で叱られたらどうしよう。溜息が重い。


「増援、というのかな。新手は来ませんでしょうか」


若く真面目なレントがまだ警戒しながら言うと、ザルツが剣の血を払いながら鼻で笑った。


「まあ草原にはまだ何匹もいるだろうが、来ないさ」


丁度彼らに合流したわたくしも、その根拠が知りたかったので「何故?」と彼女に聞いた。


ザルツは肩をすくめながら

虫螻むしけらどもは、私達でつもりだったのですよ?分け前や『』の事も考えて頭数を揃えた筈です」


まだきょとんとしているレントに構わず続ける。


「だから増援の要請もしないし、この近くには他の血栓どもは潜んでいないでしょうね」


わたくしは、なるほどと素直に感心した。

しかし戻ってきた老騎士ロイは「お前は姫さまの前でなんというはしたない事を言うのだ」と、軽く彼女の頭を小突いた。


私達わたくしたちは最低限の水食料をそれぞれの馬に積み、犠牲になった二頭の駄馬の冥福を祈り、先を急いだ。

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