欧州怪異譚 活殺!八平太

琴鳴

妖(あやかし)の剣

 1


 もうすでに遅い。

 血の粒が鋼の表面に弾けている。

 磨きこまれた剣は、女の身体を通りぬけてしまった。

 まるで手ごたえもなく。

 悲鳴すら聞かず。

 そのまま鞘におさめるわけにもいかず、男は倒れた女の着物の袖で剣をぬぐった。

 と、その顔を見て愕然とする。

 妻。

 たった一瞬前まで艶やかに微笑んでいた自分の妻。

 それが、春風にたゆたうような穏やかな表情のまま虚空を見ている。

 桜色の小さな唇が半ばひらいている。

 「好きよ」

 そう、唇は言いかけていた。

 「好きよ、あなた」

 その言葉を最後まで聞かずして、男の剣は鞘をすべったのだ。


     2


 「母野が出奔してからもう五日か」

 西刀八平太(せと・はっぺいた)は、朋輩の凪弦之介(なぎ・げんのすけ)に話しかけた。

 「そうだな……。あやつ、どうしていることか」

 弦之介は十八という年齢の割に老けた物言いをする。十七になったばかりで、いまだ餓鬼っぽさが抜けない八平太とは対象的だ。ただ、背ばかりは八平太のほうが頭ひとつ高い。

 ゆるやかに吹く風に、二人の袖はぶらぶらと揺れている。

 晩夏の風は、時として思いがけない冷たさをはらんでいる。

 ここは欧州、げるまにあ地方の開拓町のひとつ、はいでるべるぐ――現地人の言葉で荒れ野の山といった意味を持つこの地は欧州中央部でも最大級の町だ。

 荒れ野の山の中腹に築かれた城塞は、他の開拓都市と同様に、古代の城趾をその基礎としている。そこには欧州五奉行の一人、脇坂慎太郎和正がいる。石造りの城の一角に天守閣を設けたはいでるべるぐ城は欧州第一の美城であると言われていた。そのふもとに広がる城下町の賑わいもなかなかのものだ。

 日本武士団が奥州の地に入ってからおおよそ三十年が経過した。日本の欧州経営はすでに軌道にのり、欧州生まれの日本人が半分をこえた。

 思えば、欧州は暗黒の地だった。日本武士団が分け入るその前は、人々は文明を失い、妖術がはびこり、人と獣が混淆し、さらには人ならざるあやかしが跳梁跋扈していた。

 その未開の暗闇の世界・欧州に東方から文明の光が訪れたのだ。



 八平太と弦之介は、石畳の通りのほとりにある落ち着いた茶店に入った。

 酒の飲めない八平太は大の甘党で、三日に一度はこの茶店で団子を食うのが習慣になっているのだ。弦之介はそれに無理矢理つきあわされたという格好だ。

 八平太も弦之介も脇坂家の家臣であり、八平太は牙ノ剣士隊の三番隊副長、弦之介は隼ノ騎馬隊の一番隊隊長を拝命している。脇坂家が誇る若武者たちであった。

 濃いめの日本茶―――産地はらいん河流域だが―――をすすりながら、八平太と弦之介が交わした会話は、近ごろ出奔した朋友、母野幹三郎(はんの・みきさぶろう)のことであった。

 「母野が奥さんを斬ったなんて、たわけたことを言うやつもいる。むかつくぜ」

 八平太は憤慨していた。

 母野幹三郎は八平太よりも二つ年上で、弦之介と同輩であった。

 居合に独特の心得があり、母野が抜けば風さえ切れると言われたほどの使い手だった。

 だが、片親が現地人であったために、出世という点では恵まれず、八平太の部下の一人に甘んじていた。

 熱血漢の八平太は母野の不遇が許せず、何度か上役に母野の昇格を願いでたこともあったが容れられなかったといういきさつがあった。

 母野は八平太の誠意に感謝し、八平太の親友・弦之介ともども莫逆の契りを結んだのだった。

 その母野には美しい妻がいた。美輪という名で、母野の主筋である河原崎家の娘であった。容姿すぐれるばかりではなく、気立てもやさしく、琴をよくした。

 母野が美輪を娶る時にはいろいろないざこざがあったらしく、美輪は実家から絶縁されていた。母野の俸給では生活は楽ではなかったはずだが、美輪は常に夫にはこざっぱりしたなりをさせていた。美輪自身は常に同じ着物を身に着けていたが、立ち居振る舞いに天性の品のよさがあり、けっして貧乏くさくは見せなかった。

 独り者の八平太と弦之介は、よく母野の家に押しかけて、遅くまで騒いだものだった(主に八平太が)。そんな時でも美輪はいやな顔ひとつ見せず、心のこもったもてなしてをしてくれたものだった。


 その美輪が、胴体を両断された状態で発見された。その切り口はなめらかで、体内の器官が外に露出することすらなかった。よほどの達人でなければ、こうは斬れない。

 それと同時に母野が姿を消した。

 母野の居合術の冴えを考えあわせると、下手人は母野であろう、となった。

 だが、母野をよく知る八平太には信じられなかった。

 「あんなに美輪さんを大事にしていた母野が、そんなことするわきゃないだろう」

 「だがな、男と女の道は修羅の道ともいう。好いているからこそ、憎しみが膨れあがるということもあるかもしれん」

 弦之介が静かな口調で言うのに対し、八平太は目を剥いて見せた。

 「弦之介さんまでそんなことを言うのか。だったら、美輪さんが不貞でも働いていたとでもほざくのか?」

 「わからん。だが、恋女房を斬ったとなれば、よほどの理由があったのだろう」

 「弦之介さん、あんたは母野が美輪さんを斬ったと決めつけているが、おれは母野を信じる。むろん、美輪さんもだ。二人は誰かにはめられたんだ」

 八平太は言いはった。

 やれやれ、と弦之介は苦笑を浮かべる。

 「わたしも母野を信じたい。だが、五日間というもの、姿をまったく見せんのは疑われてもしようがない。他の町に行ったのかもしれんが、周囲の森に潜んでいることも考えられる。幸い、わたしの隊が今夜は巡回する番だ。うまく母野を見つければ、出頭して申し開きをするように説得もしよう」

 「それだよ、弦之介さん。おれも今夜、町の外へ連れていってくれんかね」

 八平太の目許に悪戯っぽい光が浮かぶ。弦之介もよく知っている表情だ。小僧の頃から八平太は悪さの片棒を弦之介に無理矢理かつがせる癖があった。そういう時は必ず、こんな憎めない表情を浮かべてくるのだ。

 「言っておくが、夜に町の外へ出るには殿の許可がいるのだぞ」

 「知っている。だからこそ弦之介さんに頼んでいるんじゃないか。隼騎馬隊の一番隊隊長であれば、臨時の隊員を一人増やすくらいは造作もなかろう」

 八平太は引きさがらない。こういう言いあいになって、弦之介が勝てたためしはない。いつも、水かけ論のあげく、八平太の思うようになるのである。

 この時もそうだった。


     3


 月の形は変わらねど、その孕む<気>は日本で見る月とは違いすぎる。

 日本での月は美しく、優雅なやすらぎに満ちている。

 それとはちがい欧州の空にかかる月は、狂気をすら含ませているようだ。

 青い月は人狼の遠吠えをいざない、赤い月はばんぱいあの覚醒をまねく。

 開拓が進んだとはいえ、まだまだ欧州の森には怪異が満ちているのだ。

 夜、妖かしは蠢く。町への侵入も夜に為される。

 町の周囲の巡回が必要になるわけだった。

 特に、ここ数日は町の近辺で辻斬りが頻発していた。わずか四夜で二十人を超える被害者が出ていた。

 巡回にも力が入る。

 十数騎の騎馬兵が組になり、前後左右に気を配りながら進む。

 日本人の鍛冶職人が鍛えた日本刀はそれだけでも妖異を打ちはらう力がある。日本の侍が欧州の森を切りひらくことに成功したのも日本刀の神秘的な力に負う部分が少なくない。

 八平太の差し料は但馬の鍛冶職人・佐野秋貞の作、別名鳳来丸なる業物だ。以前、町を荒らし回った熊獣人を一刀両断にした功績を認められ、脇坂慎太郎より手ずから与えられたのだ。

 八平太は馬の上で、勝手のちがいに苦しんでいた。

 背中の位置が高い欧州産の馬は、小柄な八平太にはやや扱いづらい。剣士隊は普段は町の巡回が主任務であり、馬に乗り慣れていないということもある。

 それにひきかえ、さすがに先頭を行く弦之介の乗馬姿は決まっていた。

 背筋をピンと伸ばし、馬の挙動に完全に一致している。

 さすが、将来は脇坂家の支柱ともならんと賞される逸材である。

 剣を取っての武勇では文句なく八平太だが、頭脳の切れ、落ち着いた人柄などで、人を率いる将としての評価は弦之介のほうがはるかに高くなる。

 むろん、八平太も幼な友達の弦之介が自慢の種なのだ。

 その弦之介が馬上で身体を動かした。わずかに。

 「奇異な」

 と、呟く。

 その刹那。

 闇から銀光がほとばしり出て、魂消える絶叫がわいた。


 もんどりうって落馬したのは、隼騎馬隊の平隊員の一人だ。

 なんと、落馬したのは上半身の、それも右半分だけ。

 左半身はなおも馬上にあり、ああ、露出した心臓がいまだに脈打っている。

 馬は主人の絶命に気づかず、なおも歩みを続けている。

 「何者か!」

 誰何するも愚か。

 銀光は留まらない。

 敵の正体を見極めんと、手提げ提灯を差しだした男は、次の瞬間、今まで決して見られずにいたものを見た。

 自分の背中だ。それも上下が逆さまの。

 いや違う。

 男の頭が首を離れ、背後に落下しているのだ。それも、ぽとん、と。熟した柿が地面に落ちるかのように。

 たちまちのうちに二名が鬼籍に入り、動揺が騎馬隊の中に広がった。

 銀光のぬしは、茂みから茂みに身を潜ませ、意表をつく方角から斬りつけてくる。

 「ばらばらになるな! かたまれ! 敵の接近を見逃すな!」

 弦之介は声を張りあげて部下を叱咤する。

 だが、その声も虚しく、銀光はなおも人の命を森に還す。

 ある者は真下から串刺しにされた。馬の腹の下にもぐり、馬ごと侍の脊髄を縦に貫いたのだ。どんな長さの剣ならば、そんな殺し方ができるだろう。

 またある者は、風の音を聞いた次の刹那に鼻の奥に血の匂いを嗅いだ。

 横に薙いだ切っ先が、顔面を真横に切り裂いていたのだ。痛みにすら気付かず、鼻から下の一寸を失ない、顔が短くなった男はその後、数秒間を生きた。


     4


 血の匂いが周囲を満たし、恐怖に耐えきれなくなった者は悲鳴とともに戦場を―――いな屠殺場を逃れた。

 武士にあるまじき行為―――だが、八平太は彼らを責める気にはならない。

 八平太の目をもってしても銀光のぬしの動きを捉えるのはたやすくなかったのだ。

 いつの間にか、その場には弦之介と八平太の二人だけが残っていた。

 二人とも馬をおり、身体を低く沈めている。

 「なんという太刀筋だ。みえん」

 弦之介が舌を巻いている。

 騎馬兵の装備として、七尺余りの長槍を持っているが、神速の敵に構えをすらつけられずにいる。

 八平太はといえば、鳳来丸を抜き身のままぶらさげて、周囲の気配を探りつづけている。

 提灯はすべて消え果てていた。視界を照らすのはただ月のおぼろな光のみ。

 その光の届かぬ闇に、その者は確かに潜んでいた。

 十名になんなんとする手練の武士を屠りながら、呼吸の音すら気取らせぬ。

 否。

 聞こえる。息遣いが。だが、それは決して疲労を感じさせるものではない。むしろ、貪婪な殺戮への歓喜が呼気を生臭く湿らせている。

 「八平太、おまえも逃げろ。ここはわたしが抑える」

 弦之介は流麗な眉目をすっとすがめ、闇を見据えた。

 「ばかいうな、弦之介さん」

 八平太はいつもの悪びれた口調で言う。

 「こいつはおれの仕事だ。弦之介さんの言うことが悔しいが当たっていたようだからな」

 言うと、あえて胴をがらりと開けて、闇に向かって一歩出て呼びかける。

 「母野、おれは悔しいぜ。あれほどの技を持ちながら、人斬りに魅入られたおまえさんがな」

 弦之介の表情が締まる。

 「やはり、母野なのか」

 八平太は闇を見据えたまま、うなずいた。

 「ああ。あの太刀筋、あれは間違いなく母野の技だ。居合だから銀光は一瞬しか現れん。斬った次の刹那には鞘に収まっている」

 「見破ったか」

 笑いを含んだ声が聞こえた。

 闇が割れ、月光の幕の内側に、夢幻のように人影が降りたつ。

 母方の血の作用か、黄金色に輝く髪を結いあげ、霧に煙る湖の青を瞳にやどらせて、母野幹三郎は微笑んでいた。

 剣は鞘の中。母野は柄に手をかけてさえいない。

 母野は返り血ひとつ浴びておらず、その白い顔に昂ぶりの痕跡すらない。

 「美輪殿を斬ったのもおまえなんだな」

八平太の問いに、母野は無言をもって応えた。

 顔が泣きそうに歪んでいくのを八平太はどうしようもない。優しかった美輪。なにより、夫である母野を愛していたることが傍から見ていてもよくわかった。欧州人の血が混ざっているがゆえに苦しめられていた母野を陰ながら支え、慈しんでいた。

 そんな美輪の横顔に見とれたことが再三ではなかった八平太だった。

 無残な美輪の最期が哀しかった。

 「血だろうな」

 ぽつり、母野は言った。

 「おれの血の半分が、日本人の死を求めたのだ。それが、この剣によって歯止めを失なってしまった」

 母野は腰の差し料を持ちあげた。新作だ。欧州鍛冶の手になる日本刀だ。もっとも、欧州からは日本刀に適した鋼がまだ充分に採れないため、たいていは古い欧州の剣を鋳つぶして日本刀に鍛えなおす。

 「この刀のもとの姿は、このげるまにあの古い部族の王の剣だった。その剣のもとに諸部族は平伏し、欧州の栄光を一身に担った。わかるまい、東方の矮人ども。われらの歴史を、われらの祖先の営みを。おまえたちはそれを暗黒の時代と蔑み、すべてを作り替えてしまったが、みよ、こうしてこの剣の中に欧州の魂は生きつづけている!」

母野の<気>の内圧が高まっていく。凄まじい威圧感だ。

 だが、八平太はひるまない。片手に鳳来丸をぶらさげたまま、なおも母野ににじり寄る。

 「母野……おまえの半分が日本人だろうが欧州人だろうが、そんなことはどうでもいい。美輪殿はおまえを愛していた……それを……!」

 「美輪は身ごもったのだ」

 無表情なまま母野は言った。

 「実家からの勘当も解けた。河原崎家には嫡子がいなかった。あいのこでも子は子だと、おれの子供を河原崎のものにしようとした」

 八平太は目を見ひらいた。両眼が濡れている。

弦之介も身動きをとめていた。真剣な面持ちで母野と八平太を交互に見ている。

母野の声は淡々と続いていた。慚愧はない。悲しみはない。ただあるのは凝集した憎しみだけ。

 「美輪を斬った瞬間、おれの中の日本人は死んだ。美輪と、子供と、ひとつになって腐れて死んだのだ。だから、おれは日本人を殺す。殺しつづける」

 「ゆるさん!」

 八平太は喚いていた。激怒に震えていた。双眸からこぼれた涙が頬を伝い落ちている。それすらが熱かった。

 「ゆるさんぞ、おまえ!」

 八平太は走っていた。


     5


 弦之介は八平太の突進を見た。制止の声をあげた。

 「無茶はよせ! 母野の居合の間合いに入るな!」

 声は無駄。

 八平太は絶叫とともに鳳来丸を振りおろしている。

 ――殺!

 黒い<気>が母野の全身から発せられ、闇が分かたれる。

 銀光が闇を切り裂きながら走りでて、八平太の脇腹に吸いこまれる。

 飛ぶ。

 血飛沫が。

 舞っているのは八平太の身体だ。

 紅の尾を引きながら、母野の頭上を越していく。

 母野の口許に満足そうな笑みが浮かぶ。

 「斬れる。やはり、斬れるな」

 呟いたその顔がふたつに割れた。

 青い瞳が赤く塗り潰され、裂けて弾けた鼻梁から新たな血潮がわいた。

 ぐらり―――大きく揺らぐと、母野は地面に崩折れた。

 「八平太!」

 弦之介は駆けよった。

 八平太はゆっくりと身を起こした。怪我はない。

 「さすが母野。風さえも斬る妙剣だ……これだけの腕を持ちながら……」

 その妙剣の刀身に飛び乗って、剣を振りおろしざま宙空に跳ねあがった自分の技については何も言わない。

 涙は依然頬を伝っている。

 弦之介の腕が八平太の肩を抱いた。

 八平太より頭ひとつ低い弦之介だが、背伸びをするようにして、その胸元に八平太を抱きとめる。

 「泣くな。八平太は立派に仇をうった。美輪殿と、美輪殿の赤子と―――それとわれわれの仲間だった母野幹三郎の、な」

 「弦之介さん……おれ……」

 八平太は、しゃくりあげていた。まるで少年に戻ったかのようだ。弦之介の手は八平太の頭をやさしく撫でている。

 「やさしい子だ、八平太」

 弦之介の唇が八平太の頬に触れた。

 と、その時。

 倒れていた母野がいきなり立ちあがった。

 血泥にまみれた顔をあげ、手にした剣を八平太の背中めがけて叩きつける。

 「あぶない!」

 弦之介のたおやかな掌が八平太を横に押しのけ、八平太は思わずよろける。

 「弦之介さん!」

 八平太の目前。

 母野の剣は弦之介を右袈裟に斬りおろす。絹を裂くような悲鳴が――

 「くそおっ!」

 八平太は渾身の力で鳳来丸を跳ね上げ、母野の剣を叩く。

 日本刀が奥州刀を根元からへし折った。

 ぎゃあああああああーっ!

 声を放ったのは母野か、あるいはその剣か――

 刀の破片がちらばると同時に、母野の肉体は蒸発した。人斬りを続け、もはや人ならざる存在にすら成り果てていたのか。あるいは、その魂さえ妖かしの剣に吸い取られたのか。

 「弦之介さん!」

 八平太は倒れている弦之介の側に跪き、助け起こした。

 弦之介の具足は裂け、白い肌が露出している。出血はない。

 閉じられていた弦之介のまぶたが開いた。

涼やかな声が無事を物語る。

 「大丈夫だ。さしもの母野も最後の一太刀には<気>がこもっていなかった。おかげで紙一重でかわすことができた―――ひゃっ」

 と、突然声音が変わった。音程が高まった。

 切り開かれた部位から、頂に桜色の尖りのある、白いふくらみがこぼれ出たのだ。

 たちまち弦之介は顔を赤く染め、身体を縮こませた。

 八平太は思わず笑ってしまった。

 弦之介も可笑しくなったのだろう、胸元を押さえたままくつくつと笑いだした。

 欧州の夜に訪れた、ほんの束の間の安らぎであった。


                           -了-

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