04-09
*
四人がその部屋に現れたのはほぼ同時だった。
「あ、空覇! 二人とも無事だったんだね」
「っ、那由多……! 何で、此処に!?」
「その、僕も靡さんに呼び出されて、空覇達の後を追って──」
空覇と那由多の視線がかち合う。空覇は驚きに目を見開きながら抱えていたドーラを下ろすと、那由多に向かって何かを問おうとした、──その時。
『あらあら、全員が無事ここまで来られるなんて、初めてじゃないかしら? アリス驚いちゃった!』
はっと反射的に皆が声の元へと顔を向ける。今迄の部屋とは比べ物にならない程の広い空間。およそアトラクションの建物よりも遥かに広大な広間の最奥に、アリスは浮かんでいた。
周囲が鏡張りなのは他と同じだが、この広間の天井には豪奢なシャンデリアが輝き、床はチェス盤を模したような白黒模様に塗り分けられている。美しい人形──『アリス』は王めいた王冠を被り、中空から笑顔で四人を見下ろしていた。
『アトラクションもこの部屋で最後よ! 全員が辿り着けた事は賞賛に値するけど、残念、みーんなここで──アリスにやられちゃうんだからね!』
そしてアリスがくるりと宙を舞うと、ぬるり、と周囲の鏡から何かが出現する。
それは数多の人形だった。アリスよりも幾分か大きな人間サイズの人形達が、次々と鏡から現れたのだ。それらはアリスに似た顔立ちながら、アリスとは違う様々な種類の衣装に身を包んでいる。
「あれは──チェスの駒なのかな。ポーン、ナイト、ビショップ、それに多分ルークとクイーン……さしずめアリスがキング、ってところだね」
那由多の呟きに成る程、と空覇は頷いた。確かに人形達は騎士や聖職者のような姿をしている。剣を持った兵士はポーンで砲兵がルークなのだろう。一層豪華な鎧にハルバートを携えた、ティアラの人形は恐らくクイーンだ。なかなか厄介そうっすね、と武蔵丸も吐き捨てる。
「所長、この人形達を全部倒さないことには、きっとここからは出られないんですよね……?」
ドーラの緊張した声に、恐らくな、と空覇は応える。そして人形達を睨み付けながら一歩前に進み出た。
「那由多、色々聞きてェ事が山積みだが、取り敢えず話は全部後回しだ」
「そうだね、積もる話は置いといて……僕も久し振りに暴れるとしようかな」
そうして空覇と那由多は視線を交わすと、同時に戦闘態勢へと移行する。那由多が柏手を打って蒼白い燐光に包まれる一方、真言を唱えた空覇の姿は黒い炎に覆われた。炎が散り空覇が闇銀色のロングコートを翻す傍らで、那由多が浄衣と呼ばれる白い狩衣に烏帽子の陰陽師然とした姿で微笑む。
「武蔵丸君とドーラちゃんも、準備いいかな。流石に空覇と僕の二人だけじゃ数が多すぎるからね」
「うぃっす、勿論っすよ」
「はい、了解です!」
武蔵丸はポケットに仕込んで有る収納の術式符から三機の戦闘用ドローンを取り出し、ドーラは素早く蒼銀に煌めくナイフを引き抜いた。空覇が虚空から三つ叉の槍を呼び出す横で、那由多は狩衣の袖から大型のショットガンを二丁引き出し構えて見せる。
「久し振りだな、那由多。こうして肩を並べンの」
「わくわくするね、空覇。あの頃みたいにさ、楽しもうか」
黒と白という対極の色に身を包みながら、空覇と那由多の二人はそっくりの笑顔で視線を交わした。二人の間に流れていたぎこちない空気はもう霧散している。相棒だったあの頃に戻ったかのように、互いの考えが手に取るように理解出来る気がした。
「いくよ、空覇、みんな。戦闘──」
「──開始だッ!!」
瞬間、場の空気が張り詰めた。空覇とドーラの全身から一気に霊気が噴き出す。武蔵丸のドローンが宙に浮き、那由多の銃が霊気で光り輝く。
一斉に動き始めた人形達目掛け、那由多の銃が火を噴いた。術式を纏った散弾が突進してくる騎士を襲う。弾幕に足を鈍らせた人形に向かって空覇が駆けながら斬撃を飛ばし、次いで壁を走るドーラが斬撃と円月輪を浴びせた。武蔵丸のドローンから放たれる霊気の光線が二人を援護する。
次々と人形は破壊され、だが空覇達の攻撃をものともせずに歩兵が、騎士が剣や槍を振りかざし迫って来る。いつしか空覇とドーラは人形達のただ中で戦っていた。三つ叉の槍で二体の歩兵を薙いだ空覇の死角から、聖職者のモーニングスターが空覇目掛けて振り下ろされる。
──刹那、空覇が反応するよりも早く、一条の光線が聖職者の肩を貫いた。更に二条の光が頭部と胴体をも破壊する。兇器と破片が散り、くずおれた人形は光の粒子となって消え去った。
「サンキュ、助かったぜッ! 武蔵丸──だっけか? 那由多の一番弟子よォ!」
空覇が振り向きざまに別の兵士を斬り上げながら礼を叫ぶと、ドローンを自在に操りながら武蔵丸は鼻を鳴らした。
「あんたがくだらない死に方したら、師匠が悲しむっすからね!」
その返答に、ははッ、と笑いながら空覇はまた別の人形を貫く。武蔵丸は渋い顔をしながらも空覇を補佐するように、人形の脚や肩などに霊気の光線を正確に打ち込んでいく。
そして少し離れた場所では、ドーラが霊気の刀を振るいながら疾駆していた。斬撃を飛ばしつつも円月輪を自在に繰り出し、着実に人形達へとダメージを与えてゆく。しかしそんなドーラの前に一体の人形が立ちはだかった。ティアラを被りハルバートを構える人形──恐らく女王に違いない。
「あなたは──クイーンのお人形さん? 他の人形よりも強そうだけど、私、負けるつもりは……無いですよッ!」
鋭く突き出されるハルバートの切っ先をバックステップで躱し、ドーラは刀を薙ぐ。しかし飛ばした斬撃も円月輪をもあっさりと防がれた。ドーラは女王が振り上げる斧を後方への宙返りで避けながら、死角からの攻撃を意図して円月輪を放った──その刹那。
タァン、と銃声が空を裂いた。間を置かずにもう一発こだまし、次いで爆発音が遠くに響く。
一発目の銃弾は宙を蹴るドーラの脇を擦り抜け、二発目は振り抜いた腕の傍を通過して走り抜けた。目標は──ドーラを狙う砲兵のカノン。二発の銃弾は見事命中し、誘爆した砲ごと人形を大破させるに至ったのだ。
「狙撃なんて久し振りだからちょっと不安だったけど……腕がなまってなくて安心したよ」
那由多は一人満足そうに呟いた。その手にはショットガンに代わり、一丁のライフルが握られている。続いてまた照準を定め銃爪を引く。女王の脚を正確に撃ち抜くと、スコープ越しにドーラの霊刀と円月輪が女王を破壊する姿が確認出来た。
*
そして幾らも経たない内に──気付けば、随分と人形の数は減っていた。残っているものも満身創痍といった風で、ほぼ殲滅出来たといっても過言ではないだろう。
「おいアリスよォ、もうお前以外殆ど残っちゃいねェけど、リザインすんなら今の内だぜ!?」
空覇が壊れかけた聖職者を打ち払いながら声を上げると、それでも宙に浮かんだままのアリスは四人を睥睨し鼻を鳴らす。
『アリスが負けない限り、ゲームは終わらないのよ……! さあ、倒せるものならアリスを倒してみなさいな、どのお人形よりもアリスが一番強いけれどね!』
どうやらアリスに投了する気は無いようだ。ならば、と武蔵丸と那由多が遠距離からのアタックを試みる。しかし妖力の障壁が張られており弾丸も光線も全て弾かれた。ドーラの円月輪も同様だ。
この程度の攻撃ではダメージは通りそうにない。しかし空覇の跳躍ではアリスには届かず、どうしたものか、とあぐねる四人をアリスはせせら笑う。
『攻撃の届かないキングに破壊力の足りないクイーンとルーク、それに脆弱なポーン……! それでアリスを倒そうなんて最初っから無理だったのよ!』
アリスの挑発にピクリ、と那由多の眉が動いた。眼鏡越しの瞳がアリスを睨み、口許が笑みに孤を描く。
「そう言えば──僕はポーン、だったよね。ねえアリス、何か忘れていないかい?」
『何よ、何か忘れてる事なんてあったかしら? 現状はさっき言った通りじゃないの』
「チェスのルールだよ。最奥に到達したポーンは、何か出来るんじゃなかったっけ?」
『っ、まさか、でもあなた──』
驚愕に見開かれるアリスの眼に、符を投げ上げる那由多の姿が映る。パン、と柏手の音が大広間に響く。途端に、那由多の全身が蒼白い神気に包まれる。その光景に、はっと空覇が息を飲んだ。
「そうか、ポーンは最奥に到達すると『昇格<プロモーション>』する……! キング以外のどんな駒にも変化出来るじゃねェか!」
「そう、空覇の言う通り強い駒に進化出来るんだ。僕が進化するのはクイーン……どの方向へも攻撃が可能な、最強の駒だよ!」
刹那、蒼白い神気が弾ける。狩衣の袖を靡かせ那由多が宙に浮遊する。
その周囲をずらり取り囲むのは、霊気をみなぎらせた百を超す数の銃器達。大型のライフル、カノン、ショットガン、ミサイルランチャー──淡く光る数多の兇器は蒼白な花弁めいて、大輪の花を綻ばせる。
「ほら、チェックメイトだよ。覚悟はいい?」
『待って、そんな、そんなの聞いてないわ! 駄目よ、無理無理無理無理──』
巻き添えを喰らわないよう静かに三人が壁際へと下がる。夥しい数の銃口が、一斉にアリスを捉える。慌てて逃げようと身を翻すアリスの様子に、那由多は楽しそうに、心底楽しそうに笑った。
「いくよ──<曼珠沙華・改『白菊』>、術式、開放!」
瞬間、銃器達が一斉に火を噴いた。閃光が弾ける。空間が揺れる。重低音が轟く。空気が、爆ぜる。
一直線に、孤を描き、のたうちながら、流星の如く、数え切れない程の弾がアリスに殺到する。灼ける、燃える、溶ける、焦げる、爆煙が花火めいて輝く。
『っ!? あ、ああ、あぁあ! ああぁああっっあああーーーーーっっ!?』
轟音に負けぬ程のアリスの大絶叫が、広間に響き渡った──。
*
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます