おかえりははじまり

アン・マルベルージュ

第1話

 美少女に挟まれる。それは男の夢である。


 しかし、高2にしてその夢を叶えてしまった田尾通(たおとおる)の表情は硬かった。


 時刻は朝8時過ぎ。スーツ姿の男性が、歩道から車道に降りて通たち3人の横を通り抜けていく。


 通は男性に向かって頭を下げ、

「やっぱ俺たち邪魔だよ」

 自分を挟んで歩く少女2人に声をかける。


 誰もが足早に歩く朝の通勤通学路。肩が触れ合う距離で歩いているものの、歩道を塞いでしまっている3人は、いつ誰かに怒鳴られても仕方がないほど邪魔だった。


「じゃあレアがどいて」

 通の1個下の妹、田尾楓(たおかえで)が、通を挟んで左側を歩く志藤礼亜(しどうれあ)に向かって言う。


「なんで」

 礼亜は視線を落とし、楓を見る。

 楓は身長150センチもなく、髪の毛も肌も色素が薄い。肩甲骨を余裕で覆い隠す長髪と相まって、まるで人形のような印象を抱かせる。


「物理的に場所とってるから」

 楓は礼亜の胸を恨めしそうに見つめた。


 通と同学年の礼亜は身長が160センチあり、長髪の楓とは対象的にショートボブで、そして胸が大きい。


「楓こそ通の後ろに隠れてたほうがいいんじゃない? その身長じゃすれ違う人の視界に入らないでしょ」

 礼亜は胸を張り、鼻で笑う。


「胸で視界ふさがれてるレアこそ危ないから、お兄ちゃんの後ろにいた方がいいんじゃない?」

「意外と見えるから大丈夫だよ? あ、楓はないから分からないか」

「ぐぬぬ……」

 楓の顔が赤くなっていく。


 新年度が始まって1週間。毎日こんな感じである。

「ふたりとも、落ち着──」

「お兄ちゃんは黙って歩いてて!」

 通が仲裁に入ろうとしたものの、楓が遮った。

「というか、通は私たちのどっちと歩きたいの?」

「黙って歩いてればいいんじゃないのかよ……」


 楓に黙れと言われた直後、今度は礼亜から発言を促される。どうすりゃいいんだよと通がため息をつくと、

「よう、今日もやってるな」

 通のクラスメイトの副島淳(そえじまじゅん)が後ろからやってくると、横から3人を追い越した。通と副島は1年のときも同じクラスだった。


 ちょうど道幅の広い歩道にさしかかり、副島は礼亜の斜め前に移動する。


「副島さんもレアがどいたほうがいいと思うよね?」

「そうだな……」楓に同意を求められ、副島はあごに手を当てる。「俺も同意見かな。妹と並んで歩くのは家族という関係性があるから自然だが、恋人でもない男女で並んで歩くのはあらぬ誤解を招く」

「聞いた? これで2対1だよ?」

 楓が目を細めて笑う。勝利宣言だと言わんばかりだ。


「……別に私は誤解されても」

 礼亜は視線を落とし、ひとりごちる。


 ちょっと気まずい状況だ。

「……淳、一緒に行こう」

 こいつのせいで面倒なことになった気がしないでもないが、もともとちょっと面倒なことになりつつあった。せっかくなので利用させてもらうことにする。


「え、いいのか?」

 通は副島の答えを聞く前に歩く速度を上げ、副島が続く格好になる。


「ちょっと通!」

「お兄ちゃん答え!」


 2人の呼び声を無視し、脛に痛みを感じるほどの速さで歩き続ける。

 どちらかを選ぶより、どちらも選ばない方が楽だ。通は2人を残していくことに罪悪感を抱きつつも、意識して何も考えないようにした。

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