原作知識で「隠しボス」を幼少期に保護したら、俺のことをパパと呼んで懐いてしまい、世界を滅ぼすのをやめてくれない
しゃくぼ
第1話:パパのためなら、せかいちずもかきかえるよ!
「……おいで。温かいご飯と、ふかふかのベッドがあるよ」
冷たい雨が降りしきる路地裏。 ゴミ山の中でうずくまっていたその小さな少女に、俺は震える手で傘を差しだした。
銀色の髪に、深紅の瞳。 ボロボロの布切れを纏っているが、間違いない。 彼女こそが、この世界――VRMMO『ファンタジア・クロニクル』における裏ボスにして、将来「世界を喰らう災厄」として全人類を絶望の淵に叩き落とす存在、アリスだ。
原作における彼女は、孤独と迫害の果てに世界を呪い、覚醒した。 ならば。 彼女が絶望を知る前に、俺が愛情で包み込んでしまえばいい。 そうすれば、彼女はただの可愛い女の子として幸せになり、世界も平和になる。
これぞ、完璧な死亡フラグ回避術。 俺の差し出した手を、彼女は怯えながらも、小さな手でギュッと握り返してくれた。
◇
それから、数ヶ月が経った。 俺の目論見は、完璧に成功した……はずだった。
「ぱぱ! ぱぱぁ!」
「ん? どうした、アリス」
「えへへ、だーいすきっ!」
リビングのソファに座る俺の膝に、ちょこんと座る天使。 透き通るような銀髪を揺らし、アリスは満面の笑みで俺に抱きついてくる。 栄養状態が良くなったおかげで、頬はぷにぷにと柔らかく、まさに愛らしさの結晶だ。
「よしよし、アリスは本当にいい子だなあ」
俺は彼女の頭を優しく撫でる。 アリスは「んふふ〜」と目を細め、仔猫のように喉を鳴らした。 今の彼女に、原作のような「全てを無に帰す虚無の瞳」の面影はない。これなら将来、世界を滅ぼすことなんてあり得ないだろう。
ふと、俺は窓の外を見やり、独り言を漏らした。
「……はあ。それにしても、隣国のガレリア帝国、最近きな臭いんだよな。この街にも兵を差し向けてくるかもしれないし……少し心配だなあ」
それは、本当に何気ない独り言だった。 愛する娘との平和な生活が脅かされることへの、些細な愚痴。
「ぱぱ、しんぱい?」
「ん? ああ、大丈夫だよ。パパがアリスを守るからね」
アリスは俺の顔をじっと見つめた後、にこぉっと花が咲くような笑顔を見せた。
「わかった! アリス、おさんぽいってくる!」
「お散歩? 家の周りだけだぞ」 「はーい!」
バタン、と元気よくドアが閉まる。 無邪気なその後ろ姿を見送りながら、俺はコーヒーを一口すすった。 平和だ。本当に、平和な午後だった。
◇
翌日の昼下がり。 アリスが、泥だらけになって帰ってきた。
「ただいまー! ぱぱ、みてみて!」
玄関から飛び込んできたアリスの服は、土埃と……何か赤黒いシミで汚れていた。 俺はギョッとして駆け寄る。
「アリス!? その服、どうしたんだ! 怪我は!?」 「けが、ないよ? これね、ありすのじゃないの」
キョトンとした顔で首を傾げるアリス。 そして彼女は、背中に隠していた「お土産」を、満面の笑みで俺に差し出した。
「はい、ぱぱ! おみやげ!」
コロン、と床に転がったもの。 それは、豪華な宝石が散りばめられた黄金の王冠だった。 ただし、べっとりと赤い液体が付着しており、一部がひしゃげている。
そして、彼女がもう片方の手で握りしめていたのは、ボロボロになったガレリア帝国の国旗だった。
「……あ、アリス? これは?」
「あのね、ぱぱが『しんぱい』って言ってたから、ありす、おそうじしてきたの!」
アリスは褒めてほしそうに胸を張る。 俺の背筋に、冷たいものが走った。 お掃除。彼女にとってのそれは、床のゴミを拾うことではない。
「え……お掃除って……隣国を?」
「うん! わるい人たちがいっぱいいたからね、ぜーんぶ『ちずから消しゴム』しちゃった!」
消しゴム。 彼女は、まるで落書きを消すかのように言った。
俺は震える足で窓辺に寄り、カーテンを開ける。 そこからは、地平線の彼方がよく見えるはずだった。 昨日まで、山脈の向こうにガレリア帝国の尖塔が見えていたはずだった。
しかし今、そこにあったのは。
青空へと高く立ち上る、巨大なキノコ雲。 そして、国があった場所を丸ごと抉り取ったような、広大なクレーターだけだった。
「…………嘘、だろ」
国がひとつ、消えている。 たった半日の「お散歩」で。
「ぱぱのてきはね、ありすがみーんな、ないないしてあげる!」
足元から、無邪気すぎる声が聞こえた。 見下ろすと、アリスが俺のズボンの裾をギュッと掴み、上目遣いで見上げている。 その瞳は、俺への純粋な愛情だけで満たされていた。 一点の曇りもない、狂気的なまでの純粋さで。
「つぎはどこ? ぱぱがイヤなところ、せかいじゅうみーんな、ありすがこわしてあげるね! えへへ!」
俺は引きつった笑みを浮かべ、震える手でアリスの頭を撫でた。 叱れない。 叱れるわけがない。 彼女は俺のためにやったのだし、何より――ここで機嫌を損ねたら、次は俺ごと世界が消し飛ぶ。
「あ、ありがとう……アリス……」
「えへへ〜、ぱぱによしよしされた〜!」
嬉しそうに抱きついてくる、小さな災害。 その温もりを感じながら、俺は青ざめた顔で悟った。
教育方針、致命的に間違えたかもしれない。 俺は世界を救ったのではない。 「俺以外を滅ぼす魔王」を育て上げてしまったのだ。
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