第8話 旅立ち
ファンガルムの襲撃から、月日が過ぎた。
焦げた大地には新しい草が芽を出し、焼けた家の跡には、再び木材の香りが漂っている。
リュミナ村は、少しずつ――確かに息を吹き返していた。
「……ようやく、村が戻ってきたな」
フーゴが腰に手を当て、組み立て中の家を見上げる。
「みんな、強いよな。誰も諦めてねぇ」
アッシュは穏やかに微笑んだ。
頬に風があたり、髪が少し伸びている。どこか、あの夜とは違う顔だった。
「お前もな」
「え?」
「前よりずっと、目が強くなってるぜ」
フーゴが笑い、拳で軽くアッシュの背中を小突く。「……でも次、何かあったら、俺も置いてくなよ」
アッシュは苦笑して、「ああ」と短く答えた。
村の広場では、子供たちが笑って走り回っていた。
その真ん中で、クライリフが小さな花を束ねている。
「アッシュさん!」
彼女が気づいて手を振る。
その笑顔は、以前よりも少し儚げで、けれど確かな強さがあった。
「もう動いて大丈夫なのか?」
「はい。みんなのおかげで……村の回復も早いんです」
彼女の手には、かつてバルデンが持っていた護符が飾られていた。
「これは……師匠と俺が作った?」
「はい。バルデンさんが持っていた護符を、村の再建のお守りにしてるんです。“守る覚悟”って、ちゃんと伝わってると思って」
アッシュは小さく笑い、空を見上げた。
空の上でバルデンさんがあの豪快な笑いを響かしている気がした
「あの人なら、今きっと笑ってるな」
少し離れた場所で、エリナが静かにこちらを見ていた。
彼女は以前のように感情を隠さず、素直な笑みを浮かべる。
「……行くんでしょ?」
「うん。もう明日だ」
「そっか。……じゃあ、約束して」
「約束?」
「ちゃんと帰ってくること。私、待ってるから」
アッシュは一瞬言葉を失い、それから穏やかに頷いた。
「ああ、必ず」
エリナの手が、そっとアッシュの袖を掴む。
「……あの夜、怖くて動けなかった。
でも、あなたが炎を灯した時、少しだけ……心から安心できたの」
「……ありがとう」
アッシュは少し照れたように笑う。
「次は、もっとたくさんの人を守ってみせるよ」
「……ありがとう」
アッシュは少し照れたように笑う。
「次は、もっとたくさんの人を守ってみせるよ」
村を見渡す丘の上で、ボウガンが腰を下ろしていた。
夕暮れの光が彼の背を照らし、静かな風が吹き抜ける。
「……旅立つ前に、顔を見せに来たのか」
「うん。ちゃんと、礼を言いたくて」
ボウガンはゆっくり頷き、笑った。
「よく守ったな、アッシュ。
バルデンの教えが、お前の中に生きておる」
「……まだ足りません。もっと強くなりたいんです」
「強さも大事じゃがな、忘れるな。
村を守るのは、力だけじゃない。人を想う心じゃ」
アッシュはまっすぐ前を見て頷く。
「……はい。必ず帰ってきます」
「ほっほっ、楽しみにしておるよ」
ボウガンは笑い、遠くの森を見つめた。
「この村は任せておけ。お前は、お前の道を行け」
夕陽が二人の影を長く伸ばしていた。
その日の夜。
家の明かりが温かく灯り、その時間は夕食の時間帯だった。
「ただいま」
アッシュが戸を開けると、
台所からメレンゼが振り返った。
「おかえりなさい、アッシュ」
彼女はいつものように微笑んでいた。
テーブルにはスープと焼きたてのパンが並んでいる。
「明日……行くのね」
「うん。フーゴと一緒に。旅の途中で王都にも行くと思う」
メレンゼは静かに頷き、少しだけ目を伏せる。
「あなたが立派になっていくの、うれしいわ。
でもね、どれだけ遠くに行っても……帰る場所を忘れないで」
「……わかってる」
アッシュは椅子に腰を下ろし、ゆっくりと息をついた。
家の匂い。木のぬくもり。
そのすべてが、旅立っていく前の緊張した胸の奥に染み込むようだった。
「母さん」
「なあに?」
「……俺さ、強くなりたい。
だけど、力だけじゃダメだって、師匠に教わった。
だから……人を守れる“守護者”になりたいんだ」
メレンゼは静かに微笑み、アッシュの頭に手を置いた。
「あなたの炎は、きっと誰かを照らすわ。
優しさと覚悟、どちらも持ってる子だから」
その手の温もりが、胸の奥に灯を残した。
翌朝、陽光が村を照らす。
鳥の声、風の音。
まるで新しい時間が始まるようだった。
アッシュとフーゴは、村の出口で立ち止まる。
クライリフとエリナが見送る。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
アッシュは背中の荷物を軽く叩き、笑った。
「師匠の炎、ちゃんと持ってくよ」
フーゴが隣で言う。
「次は、俺らの番だな」
二人は視線を交わし、頷いた。
朝の光の中、
赤黒い炎が一瞬だけアッシュの背で揺れた。
それは、まだ小さくても確かな――
“守る力”の証だった。
― 第一章・完
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