第3話 後悔
桃から生まれた
日増しに目に見えて成長する桃兵衛。
村の誰もが、天神さまの使わした子だと、鬼退治を期待した。
桃兵衛は毎日元気に、山野を駆け回る。
村のガキ大将を気取ってた子どもも、桃兵衛にはかなわなかった。
そんなある日、桃兵衛は爺さんに剣術の指南を願う。
爺さんはついにこの日がきたかと、ため息をつく。
爺さんはかわいい桃兵衛に、血なまぐさい殺し合いを、させたくなかった。
爺さんが数年前に斬った鬼の娘。
その鬼の娘の悲しげな瞳は、斬るべき相手だったのかと、今も爺さんを悩ませていた。
とは言え爺さんも、桃兵衛の熱意に押し切られる。
爺さんは桃兵衛に、剣術を教える事にした。
そんな爺さんも、よる歳並みには勝てない。
桃兵衛をビシバシとしごく事は出来ない。
ゆったりと剣術の型を見せ、それを桃兵衛が素早く再現する。
桃兵衛はすぐに爺さんに習った剣術をマスターしてしまった。
そして桃兵衛が生まれて二週間。
そろそろ元服してもおかしくない年頃になった桃兵衛は、爺さんと婆さんに決意を語る。
「お爺さん、お婆さん。私は鬼ヶ島に鬼を退治しに行きます。」
「おお、」
婆さんは桃兵衛の決意に、感銘を受ける。
しかし爺さんは、ついにこの日が来たのかと、ため息をつく。
「お爺さん?」
そんな爺さんの様子に、桃兵衛も気づく。
「桃兵衛や、その日のために用意しておいたのじゃ。」
婆さんは爺さんと桃兵衛の様子を無視して、隣りの部屋に桃兵衛を招く。
そこには立派な鎧兜と陣羽織があった。
「これはワシが若い頃、
爺さんは重い口を開く。
「刀も打ち直しを頼んでおいた。明日の朝には届くじゃろう。」
「お爺さん、ありがとうございます。」
桃兵衛はお爺さんに礼を言う。
「今日は前祝いじゃ。いいもんたんと食っておくれよ。」
婆さんは調理場へ向かう。
「ついて来い、桃兵衛。おまえに見せなければならんものがある。」
婆さんが席を外した後に、爺さんは桃兵衛を誘う。
ふたりは納屋に入る。
「納屋?」
桃兵衛はなぜここにと、爺さんにたずねる。
「これじゃよ、おまえに見せたいものは。」
「桃?」
それは桃兵衛が川から流されてた時に入っていた、桃だった。
「中を見てみい。」
爺さんに言われて、桃兵衛は桃の中を覗き込む。
中には哺乳瓶が入っていた。
そして手紙も。
この中には粉ミルクも入ってたのだが、それは毎日の桃兵衛の食事に混ぜられていて、まだ使い切っていなかった。
「手紙?」
桃兵衛は目にした手紙を取り出す。
桃兵衛は手紙を広げてみたが、書いてる文字が読めなかった。
「明日、それも持って行くがいい。」
「これを、ですか?」
桃兵衛には、爺さんが手紙を持たせる意味が分からなかった。
「ああ、明日鬼に会ったら、読んでもらうといい。」
「鬼にですか?鬼が読めるとも、え、お爺さん?なんで俺にこんなのを持たせるんですか?」
桃兵衛は直感する。
爺さんは桃兵衛も鬼だと思ってると。
「ワシはのう、昔
「お爺さん?その鬼を逃したから、お爺さんは村人から陰口叩かれてるんでしょ?俺はお爺さんの名誉を挽回するために、行くんですよ?」
爺さんの後悔の気持ちは、伝わらない。
「それが間違いだったと言ってるのじゃ。」
爺さんの言葉に、涙が混じる。
「あの時ワシは、鬼の言ってる事の意味が分からなかった。だから恐ろしくなって斬ってしまったのじゃ。そうじゃ、今のおまえが、ワシの言ってる意味が分からないと、ワシを斬るのと同じじゃ。」
「お、俺はお爺さんを斬りませんよ。」
「ワシは、斬ってしまったのじゃ。」
「お爺さん、」
「桃兵衛よ、おまえを拾ったのは、十三日前なのじゃ。たったの十三日前なのじゃ。」
爺さんの言葉に、桃兵衛は押し黙る。
「桃兵衛よ、おまえは誰が何と言おうと、ワシらの息子じゃ。かわいいかわいい、ワシらの息子じゃ。だがのう、普通は十三日で、ここまで成長はせん。だから他の者に言わせれば、おまえも鬼と同じ、化けも、うう、うう、」
爺さんは涙で、続きを言えなかった。
「お爺さん!俺は鬼ではありません。あいつら最近は頻繁に村に盗みに入ってるじゃないですか。俺が村中見回ってるにも関わらず。だから直接、乗り込むんですよ!」
鬼どもは物資の調達に、桃兵衛が見回った後から、盗みに入る。
だから桃兵衛が内通してるのではと、いぶかしむ者も出始めていた。
「桃兵衛よ、鬼の行動にも何か理由があるはずじゃ。だからまずはよーく話してみるのじゃ。そして、斬るに値すると思ってから斬るのじゃぞ。じゃなければ、後悔する事になる。ワシのようにな。」
「はい、お爺さん。」
桃兵衛は爺さんの話しを、心に刻む。
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