第3話 着せ替え人形

美優は小学生になった。


背も少し伸び、遊び方も変わった。

走り回って泥だらけになることは減り、

服が汚れることも、ほとんどなくなった。


季節。

気温。

天気。


毎朝、それらを確認してから、母の美月は服を選ぶ。

美優はそれを、当たり前のこととして受け入れていた。


「今日は少し寒いから、これね」


差し出された服に、何の疑問も持たず袖を通す。

選ばれることは、安心だった。


学校では、よく声をかけられた。


「美優ちゃん、今日もお洋服可愛いね」


クラスメイトの言葉に、美優は照れながら笑う。

胸の奥が、少しあたたかくなる。


(ママが選んでくれた服だ)


そう思うと、誇らしかった。

自分が褒められているのと同じように感じた。


「ありがとう」


そう答えながら、美優は無意識に

母の顔を思い浮かべる。


――ママが選んでくれた。

――ママが決めてくれた。


それが、正しい。

それが、安心。


自分で選ばなくても、

間違えることはないのだから。


美優はまだ知らない。


「褒められる」という感覚と一緒に、

「選ばなくていい」という感覚が、

静かに根を張っていることを。


その日の朝も、

美優は母の選んだ服を着て、

何の疑いもなく家を出た。


自分の「好き」を考える必要が、

まだ一度もないまま。

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