着せ替え人形
余白
第1話 着せ替え人形
不妊治療の末に授かった、待望の娘だった。
田中美月、三十八歳。
ファッション関係の仕事に携わり、流行にも色にも敏感な女だ。
夫の貴文は四十歳。大手メーカーの営業マンで、家庭のことは基本的に美月に任せている。
娘の名前は、美優。三歳。
保育園に通い、よく笑い、友達とも問題なく遊ぶ。
誰が見ても、健康で、愛らしい子どもだった。
美月にとって、美優は《宝物》だった。
長い時間をかけて、望み続け、ようやく手に入れた存在。
だからこそ、傷ついてはいけない。
壊れてはいけない。
間違った方向へ進んではいけない。
宝物は、丁寧に扱わなければならない。
落とさないように。
汚さないように。
価値を失わないように。
「美優、今日はこれにしましょう」
朝、クローゼットの前で美月は迷いなく服を選ぶ。
淡い色。子どもらしく、上品で、写真映えのするもの。
保育園で汚れることを想定した服は、最初から選択肢にない。
「それ、着たい?」
そう聞きながら、美月はすでに服を手に取っている。
美優は一瞬きょとんとした顔をするが、すぐに頷いた。
「うん」
それでいい。
まだ小さいのだから、自分で選ばなくていい。
選ばせる必要なんて、ない。
美月は、そう思っていた。
愛しているから。
守りたいから。
間違えさせたくないから。
母親の愛情は、いつだって正しい。
少なくとも、美月はそう信じて疑わなかった。
その日も、美優は母の選んだ服を着て、保育園へ向かった。
何も知らず、何も疑わずに。
――静かに、少しずつ、
選ぶという感覚だけを、置き去りにしながら。
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