プレゼントを配りたいサンタちゃん

千歳ふい

第1話 星降るクリスマスの夜

「い、犬!?」


 星降るクリスマスの夜、サンタちゃんは愛用のソリを前に立ち尽くしていた。


 今日は年に一度の、お祭りの日。

 世界中の子どもたちに、笑顔を配るめでたい日だ。


 だがいざ出発しようとすると、相棒のトナカイたちがみな、茶色い垂れ耳のワンちゃんに姿を変えられているではないか。

 ロープに阻まれながらも駆け寄ろうとする、変わり果てた相棒たち。

 その姿に思わず後退りしたサンタちゃんは、屈辱と怒りにワナワナ震えながらある人物の顔を思い浮かべた。


「おのれ、サタンめ……! 神聖な夜を邪魔する気か!」


 大悪魔サタン=クロスは、サンタちゃんに嫌がらせをするのが大好きな困ったやつだ。

 サンタは存在しないなんて噂を流したり、あわてんぼうのサンタクロースなんて童謡を広めたり。

 そして今度は、サンタちゃんが犬を苦手にしていることを知りながら、トナカイを犬に変えてきた。

 サタンの魔力は強力で、子どもたちを喜ばせることに特化しているサンタちゃんではとても魔法を解くなんてできない。

 されど、地団駄を踏んでも状況は変わらず。ワンちゃんたちから円らな瞳を向けられるだけだ。


「お、お前たちだよね?」

「「「ワン!」」」


 不安げなサンタちゃんの呼びかけに、元気よく返事するワンちゃんたち。

 その力強さに勇気づけられたサンタちゃんは、心に灯火をともす。


「今年も、行けるよね?」

「「「ワン!」」」


 姿が変わっても、相棒は相棒だ。たとえ犬に対する本能的な恐怖を克服できなくても、プレゼントは配れるはず。

 そう覚悟を決めたサンタちゃんは、小さな拳を力いっぱい握りしめてソリに乗り込む。

 サンタちゃんを待ちわびる、子どもたちのために。


「よし、出発だ~! 今年もみんなに、って、うわぁ!」


 サンタちゃんの口上が終わるのを待たずに、ソリは勢いよく空へと滑り出す。

 とんだハプニングがあったが、相棒たちも張り切っているのだ。


 こうして、魔法のソリは今年も天を翔ける。

 子どもたちを思う、サンタちゃんの温かい気持ちを乗せて。



「にしし良い子だぞ~」


 部屋に忍び込んだサンタちゃんは、子供の寝顔を横目にニヤニヤしながらプレゼントを置く。

 そして音もなく窓から飛び去り、また次の家へ向かう。


 流れ星のように大空を飛び回り、人知を超越した力で贈り物を届ける。

 それを繰り返すこと、数時間。

 驚異的なスピードでプレゼントを配り回ったサンタちゃんは、ついに最後の一軒までやってきた。


「うし……」


 屋敷を見上げながら、サンタちゃんは気合を入れる。

 今どき珍しい煙突があること以外、なんの変哲もないこの家を最後に取っておいたのには理由がある。

 それは、犬がいるからだ。それも子供の寝室に。

 通常であれば魔法で犬を眠らせてから侵入すれば良いが、今宵は大悪魔が悪さをしている。

 屋敷からかすかに漂うサタンの魔力からして、おそらくサンタちゃんの魔法は通じない。

 仕方なく、相棒たちの不安そうな眼差しを背にサンタちゃんは屋根によじ登り、恐怖心を押し殺して煙突を覗き込む。


「この先に、犬が……」


 そう考えるだけで足が竦むが、プレゼントを待ちわびる良い子ちゃんだっている。

 子供を失望させたくない一心でサンタちゃんは勇気を振り絞り、煙突に手をかけて身を乗り出す。

 だがそのとき。


「う、うわぁ!」


 タイミング悪く手をすべらせたサンタちゃんは、派手な音を立てながら煙突の中を転がり落ちた。

 狭い煙突のあちこちに身体をぶつけ、情けない悲鳴が口から漏れる。

 しばらくして、全身煤だらけになっていたサンタちゃんが、ヨロヨロと暖炉から這い出た。

 目には大粒の涙が浮かんでおり、真っ赤なサンタ服もところどころ破けている。

 犬と対峙する前に、もう満身創痍だ。

 それに、災難はそれだけではない。


「ぷ、プレゼントが……」


 落下した際に抱え込んだのか、プレゼントの箱がひしゃげていた。

 これでは、贈り物にならない。

 しかし、もうサンタちゃんには箱を治す余力もなければ、代替品を用意する術もない。

 ここまでの苦労が無駄になったこと。相棒たちの期待を裏切ったこと。そして、プレゼントを待ち望んでいた良い子ちゃんをきっと悲しませること。

 情けなさと悔しさが脳内で渦を巻き、サンタちゃんはその場で座り込んで嗚咽をあげる。


 そのとき。


「わふ。わふ」


 か弱いサンタちゃんに、寄り添う温かい存在が現れた。

 それは、屋敷に入る前からサンタちゃんが危険視していた、この家の飼い犬だ。


「えっ」

「くぅ~ん」


 驚いて硬直するサンタちゃんのお腹に、優しく頭を押し付ける白いモフモフした大型犬。

 そのあまりにものんびりした態度に、サンタちゃんは犬に対する恐怖心を忘れる。


「……お前、励ましてくれているのか?」

「わふ」


 犬の意図に気がついたサンタちゃんが問いかけると、あたかも人語を理解したかのように犬は吠えた。

 そして、サンタちゃんが平常心を取り戻すや否や、犬はトテトテと子供部屋へと歩き出す。


「つ、着いてこいという意味か?」

「わふ」


 再び問いかけたサンタちゃんに強く頼もしい返事をした犬のあとを、サンタちゃんは恐る恐るついていく。

 犬が何をしようとしているのかはわからないが、悪い結果にはならなさそうだと、サンタちゃんは直感した。


「ここだね」


 スヤスヤと眠る良い子ちゃんの部屋には、プレゼントを迎えるためのスペースがクリスマスツリーの前に用意されている。

 そこへサンタちゃんはちょこんとプレゼントを置いたが、外箱はへこんだままだ。

 そのなんとも締まらない様子を前に、サンタちゃんは頭を悩ます。

 このままでは、子供が悲しんでしまうからだ。


「わふ。わふ」

「なに?」

 

 しばらく考え込んでいると、サンタちゃんを元気づけるためか、案内してくれた飼い犬がその場でクルクルと回り始めた。


「もう大丈夫だよ。ありがとうね」

「わふわふ」


 自分のことなら心配しなくて良いと伝えても、犬は動きを止めない。

 それどころか、今度はクリスマスツリーの周辺で走り回ったあと、どういうわけか前足をプレゼントの上に置いた。

 その、意味するところは。


「も、もしかして庇ってくれるというのか? サンタが届けたプレゼントを、自分が踏んづけてしまったことにして」

「わふ!」


 はっきりと肯定する犬に、サンタちゃんは深く驚愕し、同時に感動した。

 これほど清らかで、利他の精神を持つ者はめったにないからだ。


「でも良いのか? 本当は私のミスなのに」

「わふ!」


 自分の失態を他者に尻拭いしてもらうのは気が引けるが、より良い解決策をサンタちゃんは思いつくことができなかった。

 だから仕方なく、サンタちゃんは犬の案に乗って、このまま帰ることにした。

 だが、その前に。


「ごめんな。さっきは怖がって」


 しゃがんだサンタちゃんは、犬を抱きしめてナデナデする。

 種族や外見からサンタちゃんは恐怖心を抱いていたが、この小さき存在は間違いなく聖者の類だ。 

 だから、サンタちゃんはおもむろに自分が被っていたサンタ帽を脱いで、犬の頭にそっと被せた。


「良い子ちゃんにはプレゼントをあげないとね」


 世界中に笑顔を配り続けた聖者の帽子は、尊い無私の心を持つ犬に良く似合っている。

 それは、サンタちゃんと飼い犬が、似た者同士だったからかもしれない。


「それじゃ、メリークリスマス~」


 ウィンクして軽く手を振ると、サンタちゃんは屋敷の窓から飛び出す。

 来たときとは対照的な、晴れ晴れとした心持ちで。



「よっしゃ! パーティーだ! お前ら、いつもありがとう!」


 そして、ついに迎えたクリスマス当日。

 屋敷にいる間にサタンの魔法が解けたのか、トナカイに戻っていた相棒たちとともに帰ったサンタちゃん、みんなで盛大に打ち上げをしていた。


 他愛もない雑談や、和やかなプレゼント交換。

 毎年恒例のパーティーを楽しんだのち、サンタちゃんはある小包を手に取る。


「サタンのやつ、どういうつもりだ?」


 サンタちゃんが留守にしている間に置かれたこの袋にはクッキーが入っていて、そばにはミルクとメッセージカードが添えられていた。

 その内容は。


 今年もお疲れ様。

 メリークリスマス。


 メッセージには差出人の名がなかったが、こんなことができる人物なんて一人しかいない。


「まったく、素直じゃないやつめ。大悪魔がクリスマスを楽しむな」


 思えば、サタンがしてきた数々のイタズラは、全部好きの裏返しだったかもしれない。

 どこまでも不器用な、愛おしいやつだ。


「って、からっ!」


 ニヤけながらクッキーをかじったサンタちゃんは、あまりもの辛さに絶叫した。

 サタンがくれたクッキーには、なんとタバスコが入っていたのだ。


「ミルク、ミルク、ってこれ、寒天じゃないか!」


 あたふたする相棒たちに囲まれて、サンタちゃんは天に向かって指を立てて叫ぶ。


「サタンめ~! 覚えていろ!」


 怒りに狂うサンタちゃんは気づかない。

 子どもたちの願い事を書き留める際に使う万年筆が、新しくなっていることに。


 こうして今年のクリスマスは無事に終わり、良い子ちゃんたちは今年も良いお年を迎えた。

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