世界帝国の作り方 ~源義経、大陸での再挑戦~
蒼空
プロローグ:百年の怨嗟
文永十一年(一二七四年)、十月。博多湾。
その日、日本の歴史は唐突に断ち切られた。
「な、何だあれは……」
博多の浜に布陣した鎌倉武士の一人、少弐景資(しょうに・かげすけ)は、海面を埋め尽くす光景に戦慄し、言葉を失っていた。
水平線の彼方まで、船、船、船。
大小合わせて九百艘とも言われる巨大な艦隊が、黒い波濤のように押し寄せてくる。日本の小舟とは比較にならない、堅牢なジャンク船の群れだ。
空は鉛色に曇り、不穏な風が吹き荒れている。だが、それ以上に不気味なのは、敵軍から発せられる異様な「気配」だった。
ドラの音と、聞いたこともない異国の言葉の怒号。
上陸用舟艇から吐き出される兵士たちの、統一された動き。彼らは日本の武士のように名乗りを上げたりはしない。機械のように無言で浜に展開し、密集陣形を組む。
「ええい、臆するな! 我らこそは鎌倉の御家人ぞ! 先駆けの手柄は誰にも譲らん!」
一人の血気盛んな若武者が、功名心に駆られて馬を飛ばした。
彼が鏑矢(かぶらや)を放ち、名乗りを上げようとした、その時。
ドォォォン!
雷鳴のような轟音とともに、若武者の体が馬ごと吹き飛んだ。肉片と血煙が舞い上がる。
「て、鉄炮(てつはう)……!」
見たこともない火器の威力に、武士たちが凍りつく。
その混乱を見下ろすように、沖合に停泊する最も巨大な旗艦の甲板に、一人の男が座っていた。
豪奢な毛皮と黄金の装飾品に埋もれるようにして座るその男は、生きているのか死んでいるのかも定かではないほど、老いさらばえていた。
皮膚は枯木の皮のように乾き、顔には深い皺が刻まれ、目窩(がんか)は深く落ちくぼんでいる。齢(よわい)は、とうに百を超えているだろう。
だが、その落ちくぼんだ眼窩の奥で、瞳だけが、昏(くら)い青色の炎のように燃えていた。
彼の周囲には、様々な民族の将軍たちが恭しく傅(かしず)いている。モンゴル人、漢人、色目人、高麗人……。世界中の人間が、この老人の下僕だった。
老人は、震える手で、眼前に広がる日本の海岸線を指差した。
「……ここが」
彼の口から、掠れた、だが奇妙に響く声が漏れた。それは、百年ぶりに発せられる、古風な日本語だった。
「ここが、兄上の国か」
彼の脳裏に、百年越しの憎悪が蘇る。
自分を使い捨てにし、追放し、殺そうとした兄・源頼朝。そして、自分を見捨てたこの島国の人間たち。
彼は、この日のために生きてきた。
大陸の土を喰らい、血を啜り、数多の国を滅ぼし、死神(チンギス・ハン)となって、地獄の底から這い戻ってきたのだ。
「……奪え」
老人が短く命じた。
「草一本、虫一匹残すな。全てを焼き払い、更地にせよ。これが、私の帰郷の挨拶だ」
ウォーォォォォッ!
数万の兵士たちの雄叫びが、博多湾の空を震わせた。
世界最強の暴力装置が、日本という小さな島国を蹂躙し始めた瞬間だった。
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