2104年

@LEMON_SOAP

3時間27分


単調な電子音が鳴り、メールが届く。


―――――――――――――――――――――

件名:業務指示

宛先:3FR9w0M1Q

添付ファイル:3FR9w0M1Q-21040324113857.zip

本文:指示に従って画像の分類とプログラムの修正を行い、返信すること。

次回の業務指示は 3 時間 27 分後に送信する予定である。


―――――――――――――――――――――


 俺――メールでは3FR9w0M1Q――は顔をあげ、スクリーンを眺めた。猶予を確認し、先ほどまで作戦をまとめていた手を止める。

 掠れたボールペンとすり切れたノートを素早く、かつ不必要に傷つけないように机の端に運び、マウスパッドの下に置く。メールアプリを立ち上げると、即座に添付ファイルをダウンロードする。今回は3時間27分しかないので急いで終わらせねばならない。ファイルには、画像データとテキストデータがそれぞれいくつか入っていた。


 画像を開くと、太陽光パネルが写っていた。いずれも俯瞰して撮影されていたが、状態はまちまちだった。ほとんど新品に見えるもの、フレームが退色しかけているもの、パネルの一部が欠損してケーブルがむき出しになりかけているもの…。業務はこれらを状態に応じて3段階に分類すれば良いだけの簡単なものだ。指示の通りに分類するため、画像に大体の目星をつける。俺の部屋と対照的に明るい画像を眺めながら、慣れた手つきで返信用ファイルに投入していくと、2分とかからずに選別を終えることができた。残り3時間25分。

 テキストデータを開く。これが添付されていることは稀だ。データの内容を確認し、それぞれのプログラムを比較する。競合している箇所を探し出すと、2か所あった。指示の内容を満足するように修正し、ファイルに入れる。今回は比較的短いプログラムだったので、15分ほどで完了した。データの入ったファイルを圧縮して返信する。

 プログラムを自分に都合よく書き換えて送ることも考えたが、やめることにした。HIVEで下世話な酒の肴になっているあいつと同じ末路を辿るつもりはない。


 次の業務までのタイマーをセットし、これからの時間の使い方を考える。

 部屋は非常に暗いが、貯金のためには最小限の明かりで我慢する必要がある。あんな業務量ではにしかならないんだから、残高は厳格に管理しなくては。天井からは、ごうごうと排気音が響いてくる。

 パソコンの画面にうっすらと張り付いている埃を、ほつれの見える服で画面を拭く。最も主要な光源になりつつあるそれには、デフォルメされたミツバチのキャラクターが映し出されている。「節電しましょう!今週の全体消費電力量は先週と比べて 7 % 減少 しています。節電に寄与するメリットと優秀節電者はこちら」

 そう書かれたふきだしを携え、そいつは忙しなく動き回る。数年前にパソコン用以外の電力が無償供給されなくなってから突然現れたこいつは、いまだに消える気配がない。お前がいなくなるだけでも少しは節約になるんだが、どうもその考えはIT局にはないらしい。

 ネットニュースでは、外的災害とやらで損傷した電力網の修復作業が徐々に進められていると報じているが、修復開始から一度も具体的な進捗が公表されないところを見ると、上の連中が単に供給量を絞り、それを誤魔化しているだけなのだろう。


 俺は机とベッド、色褪せた人工観葉植物だけで一杯の部屋を見渡す。取手のない扉の上部モニターには、余暇まであと4時間51分と表示されている。その淡々とした文字が俺の一切を縛っているという事実が、時折全く信じられなくなる。しかし、こんなに厳しく物品や行動範囲が制限されては暴動なんか起こしようがないだろうに、IT局は本当に無駄な労力を割いていると思う。


 椅子代わりに座っていたベッドに寝転がり、パソコンのかすかな駆動音を聞きながら足を伸ばす。完全に伸びる前にひんやりとした壁につま先があたり、不自然な姿勢になる。大して背が高いわけではないが、俺はこのベッドが嫌いだ。強すぎるスプリングのマットレスは硬くて寝れたものじゃないし、集中管理された空調は足に直接送風されて少し寒い。

 俺は数日分の給料で購入した薄いタオルを足にかけ、壁にかけていたゴーグルを身につける。今日こそは彼と話をつけられるだろうか。少し緊張しながらも備え付けのケーブルを繋ぐと、ゴーグルの液晶が真っ白に光りHIVEが起動した。


 視界が光に包まれると、妙な気分に包まれる。作戦を前に進められるだろうかという緊張感と、どこからともなく湧き上がってくる高揚感。HIVEに入る時はいつも、これらが混ざり合っては分離しながら迷彩に似た模様を描き、体の細部に至るまでがそれを別個に感じとる。

 しばらくののち、俺はホールに立っていた。少しくすんで雨雲を想起させる白い壁が円形に取り囲み、頭上からの柔らかい光が周囲を均質に照らす。正面にあるゲートをくぐり外に出ると、そこには見慣れた幻想都市“HIVE”が広がっていた。

 突き抜けるような青空と、それをさまざまな形に分割する高層ビルが遠くに広がる。足元から伸びる太い道は白を基調とした清潔な配色で、目を引くダークブラウンのアクセントがあらゆる方向へと続いていた。俺は中央街へ向かうため、。しばらく歩くと広場があり、その奥には巨大なステーションがあった。広場の中心にはホログラムの水と小鳥が噴水様のオブジェクトに映し出されていた。その純粋さは、近くを歩く人たちや寝転がる人、喧嘩をする人たちの態度と対照的だった。まっすぐ駅へと向かい、中央街に伸びる電車がある5階へ足を進める。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

2104年 @LEMON_SOAP

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ