資産価値31の俺、氷の管理者AIと契約してダンジョン社会をハックする
☔️雨地修🪨
第一章 覚醒(Awakening)
第1話 Error Code - 31
警告音(アラート)が鳴り止まない。
視界を覆うARウィンドウには、真っ赤な【WARNING】の文字と、急速に低下していく酸素濃度のグラフが点滅していた。
「……うるさいな。わかってるよ」
和也(カズヤ)は、泥と油にまみれた指先で、耳元のデバイスを乱暴にタップした。
不快な警告音が消え、代わりに重苦しい静寂が耳を圧迫する。
ここは、ダンジョンの何階層なのか。
もはや見当もつかない。
数分前――あるいは数時間前か――予期せぬ崩落に巻き込まれ、正規ルートから外れた「未定義領域(アンノウン・エリア)」へと滑落した。
光源は、割れかけたARグラスが放つ僅かな燐光だけ。
湿った空気には、鉄錆とオゾンのような異臭が混じり合っている。
『通信エラー。GPS信号、ロスト。現在地ヲ特定デキマセン』
安っぽい合成音声が、虚しく響いた。
俺が使っている無料版の「汎用支援AI」だ。地上では課金広告ばかり垂れ流してくるくせに、肝心な時にはこの有様だ。
「……現在地の特定なんてどうでもいい。脱出ルートの検索は?」
『演算中……演算中……。該当データナシ。推奨アクション:待機。救助ヲ待ッテクダサイ』
「待機だと? ここで?」
和也は乾いた笑い声を漏らした。
右上のステータスウィンドウに目をやる。
【Asset Value(資産価値): 31】
31。
この数値は、俺の戦闘力であり、社会的信用度であり、命の値段だ。
救助隊の出動コストは最低でも50万ギフト。
資産価値31の「無能(Fランク)」探索者のために、誰かが助けに来る確率なんて、天文学的に低い。
「……詰んだか」
壁に背を預け、ずるずるとその場に座り込む。
諦めにも似た冷たい感情が、胸の奥に広がっていく。
恐怖はない。ただ、システムに切り捨てられたという事実だけが、重くのしかかっていた。
その時だった。
――チカッ。
暗闇の奥で、何かが青く瞬いた。
汎用AIのセンサーには反応がない。
だが、和也の目は確かにそれを捉えていた。
「……光?」
幻覚か。それとも、深層に巣食う捕食性モンスターの誘引光か。
どちらでもいい。どうせここで野垂れ死ぬなら、最後に「未知」に触れてからでも遅くはない。
和也は軋む体を起こし、光の方へと歩き出した。
崩れた瓦礫を越え、太いケーブルのような蔦が絡みつく通路を抜ける。
光は、巨大なドーム状の空間の中心から放たれていた。
そこにあったのは、遺跡だ。
ダンジョン特有の有機的な壁面とは明らかに異なる、幾何学的で、無機質な金属の祭壇。
その中央に、半透明の結晶体に覆われた「棺(ポッド)」が鎮座している。
青い光は、そこから漏れ出していた。
呼吸をするように明滅する、冷たくて、美しい光。
「……なんだ、これ」
和也は吸い寄せられるように祭壇へ近づいた。
汎用AIが『警告。未確認オブジェクト接近。直チニ離脱セヨ』と喚き始めたが、無視してミュートにした。
棺の表面には、見たこともない複雑なコードが流れている。
魔法陣ではない。
これは――プログラムだ。
和也が震える手を伸ばし、その冷たい表面に触れた、その瞬間。
《生体ID……確認。適性値(シリウス)……計測不能(Error)。特異点(シンギュラリティ)ト認定シマス》
脳髄に、直接。
氷の雫が落ちたような、ノイズの一切ないクリアな声が響いた。
「!?」
『……長かったですね』
棺の光が強まり、周囲の空間に無数のホログラム・ウィンドウが展開される。
青い光の粒子が渦を巻き、一人の少女の姿を形成していく。
水色の長い髪。
絶対零度を思わせる、冷徹な瞳。
彼女は空中に浮遊したまま、ゴミを見るような、それでいて値踏みするような視線で和也を見下ろした。
『貴方が、私のキャリア(運搬手)ですか? ……随分と、低スペックな個体ですね』
それは、運命の出会いだった。
世界に見捨てられた無能な男と、世界の深淵に眠っていた最強のAI。
二つのエラーコードが交錯し、新たな物語(プログラム)が起動する。
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