1 光の勇者様のお話

「おい、聞いたか?あの話。」


ギラギラ照りつける太陽にも負けず、えっほえっほと畑を耕している俺に、隣で同じく畑を耕している<ジロ>が話しかけてきた。

ジロは健康的な肌色をしている、茶色い髪に太い眉毛が特徴的な幼馴染の一人だ。


「お~知ってる知ってる~♬確か【光の勇者様】だろ~?」


ジロの横からヒョイッと顔を出したのは、もう一人の幼馴染である<ニコ>だ。

同じく健康的な肌色に茶色い髪、クルクルもじゃもじゃと髪の毛の量が多いのがかなりのコンプレックスらしいが、おちゃらけた性格はそれを感じさせない。

俺は土の中にある深い植物の根っこをクワで掘り出した後、額に落ちる汗を拭った。


「【光の勇者様】か……。一体どんな人なんだろうな。

そんな雲の上の上の……天国まで届くくらいの凄い人が、どうしてこんな辺鄙な村を治める事に?」


二人と同じく健康的な肌に茶色い髪。

どう高く見積もっても平均以上にはなれない平凡顔に平均的な身長、その他大勢に直ぐに溶け込む事なら誰にも負けないザ・モブ男。


それが俺、農夫の<ムギ>だ。


俺達は、同じ時期に生まれ育った今年28になる悲しい嫁なし独身男三人組で、こうして今日も雑談混じりに畑を耕して暮らしている。


「うん、確かにな~。金が掘れるとか宝石が取れるとか……そんな価値がある土地じゃないもんな。」


「この村、畑しかないし!」


二人は、一面畑になっているその場を見回し、同時に首を傾げる。


ここは【コルル村】という、農業を主にしている貧乏な超田舎村。

よってオシャレなお店なんて勿論一つもないし、便利な施設も当然なし。

あるのは殆ど森と化してる広大な土地と畑だけという、本当に何もない村だ。


「そうだよなぁ~。本当にどうしてだろう?

まぁ、俺はこの村が好きだが……王都に住んでいるらしい伝説の勇者様が、わざわざ褒美として欲しがる様な所じゃない。」


「確かにね~。所謂領主様になるって事だけど……そもそも収入も殆どない村の領主様なんて、普通誰もなるたがらないもん。

今まで治めていた領主様だって、ずっとこの村は放置だしさ……。まぁ、楽だからいいけど。」


ジロとニコが二人で何かしらの村の良い所を探そうと頑張っていたが、全然出てこない。

なんてったって、ちょっと有能なヤツや容姿に恵まれたヤツは、さっさと他の街へと出ていくのが当たり前だからだ。

その逆は絶対ない。

俺はクワを立ててそこに顎を乗せると、う~ん……と考え込んだ。


元々この国は王政で、トップは王様。

その次に貴族と呼ばれる裕福な身分の人達がいて、そしてその下が俺達一般平民という身分が続く。

貴族は国から街や村の管理を任せられていて、そのため<領主様>とも呼ばれるのだが、この領主様の収入はピンキリ。

なぜかというと、領主様は自分の管理している領で生み出された利益の一部を収入とするからだ。

つまり、管理している街や村の発展度が高い程、儲けは大きいって事。


「……発展なんてしてないのに欲しがるって事は、いわゆるスローライフってヤツをしたいとかかな?」


畑の中から顔を出した相棒とも言えるモンスター、<シメナワ・ミミズ>と顔を見合わせ、ペコ~と頭を下げた。


<シメナワ・ミミズ>


体長5mの巨大なミミズ型モンスター

土の中にいる虫型モンスターが主食のため、農夫にとっては相棒とも言える存在



この世界に存在する生物は主に3つ。


一つは人間、もう一つは人間以外の動物、そして最後は特殊な進化を遂げたモンスターと呼ばれるモノだ。

モンスターは俺達人間や動物とは違い、非常に強力なパワーを持っていて、全国で様々な問題や被害を起こしている。

そのため、勿論俺の様な農夫が襲われれば即死だが、今のシメナワ・ミミズの様にうまく共存できているモノもいるため、危険度はピンキリ。

そんな危険なモンスター相手に、人間はどう対抗しているのかというと────ある特殊な能力を持って生まれた戦闘機関によって、国は守られているのだ。


その最たるモノが、王都に拠点を置く【聖人騎士団】

彼らは剣と魔法という不思議パワーを使ってモンスターを倒すのだそうだ。


「……【光の勇者様】って確か、元々公爵家っていう王族の次に偉い生まれだったんだろ?でも家族は全員、凶暴化したモンスター達の餌食になったそうじゃないか。

なのに、人々の為に各地の暴走したモンスター集団を鎮圧していったなんて……まだ18歳くらいの青年なのに立派過ぎるな。」


「本当に凄い話だよな。

ここらへんはモンスター被害ないから、剣なんて握った事すらないっていうのに……。

ましてや魔法なんて、見たこともないもんな。」


「だよねー。女の子達にキャーキャー言われて羨ましいけど、それじゃあ文句一つ言えないよ。」


ジロとニコが『な~?』とお互い顔を合わせて言い合うと、俺も勿論見たこともない魔法や聖人騎士団について考えてみた。


『聖人騎士団なしで、人類の生きる場所なし。』

そう言われる程、人々を脅かすモンスター達と戦う聖人騎士団は、全国民の憧れ的存在でもあって、戦闘能力に恵まれたら必ず目指す花形職業だ。

彼らは、剣の腕は勿論、魔力という物理的な力とは違う体内パワーを使い、魔法という攻撃をする事が可能らしい。

その魔法は、身体を強化するモノから、火や水などの事象を発生させて直接攻撃できるものなど多種多様らしく、俺達の様に使えない者たちからすれば、まさに奇跡そのモノだ。


それを駆使して戦う騎士団だが、ここ最近は各地で大発生し始めたモンスター達に苦戦を強いられ、人類滅亡の危機に陥ったが────そんな時に突然彗星のごとく現れたのが、先ほどから話題に出ている【光の勇者様】である。


一目見てれば、全ての者が虜になる美しい姿。

戦う姿はまさに軍神の様で、もはや存在自体が神と同位であるとまで巷では囁かれているらしい。

────という話を、村の女の子達が言っていたのを思い出し、ハァ……と大きなため息をついた。


俺、ジロ、ニコは現在同じ歳の28歳。

結婚適齢期である20歳はとっくに越え、いわゆる 貰い遅れ組 だ。


「そんなスーパーイケメン領主様なんて来たら、俺達は……。」


「……当分独身だねぇ~。」


ジロとニコはお互い抱きつき、お~いおいと泣き出すので、俺も便乗して泣き出すと、地面からポコポコと顔を出したシメナワ・ミミズ達が、栄養満点の排泄物をプリプリとお尻から出してくれて『あげるよ!』『元気だして!』と慰めてくれた。

しかし、今年も沢山の子供を生んだ幸せそうなシメナワ・ミミズ達を見ると、余計に泣けてくる!


「あ、ありがとうな~。これでまた良い土になりそうだ。」


とりあえず心遣いが嬉しくて御礼を言うと、ご機嫌で土の中に去っていった。


ズーン……。

俺達三人は、非常に気が重い状態のまま、いつも通り土を耕し、その日は早々に帰る事にした。


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