冒頭の一行でやられました。「吾輩は猫又である。名前は死ぬほどある。」——漱石の「名前はまだ無い」を、長く生きすぎた猫又の側から反転させた時点で、この作品の勝負はほぼ決まっています。名前が「まだ無い」のは生まれたばかりだから。名前が「死ぬほどある」のは、死なないから。たった一行で、この猫又がどれだけ長い時間を生きてきたかが伝わってきます。
語り口がとにかくいい。Wikipediaを引用し、インバウンドを語り、WIN WINという言葉を使いこなす——古い妖怪が人間社会に溶け込んできた時間の厚みが、こうした現代語の自然な使いこなしで表現されています。「インテリ猫又になるのだ」の一言に、プライドと愛嬌が同居していて、この猫の声がすっかり好きになりました。
そして構造が巧い。前半はユーモラスな日常譚として進行しますが、少女に抱き上げられた瞬間——「死の香りが」で空気が一変します。読者が笑いながら読んでいたものが、急に別の物語になる。しかもこの転換を「逃げようとした瞬間に香りを感じた」というタイミングで入れている。逃げるか留まるかの判断が、好奇心ではなく本能の次元で決まってしまう。猫又の矜持をきっちり守った転換です。
最後の「不覚…。いや、想定内だ。私は自分の意思で、ここにいる」は、この猫又の性格がそのまま結末になっていて見事。少女のために残る優しさを、決して自分からは認めない。猫ってそういう生き物ですよね。
短いけれど、声・構造・着地の全部が揃った一作でした。シリーズ化されていて、この猫又の物語はまだ続いていきます。他の作品も読むのが楽しみです。