窓側の席の君へ

白石澪

あなたの好きだった窓側に


「私はね、窓側の席が好きなんだ」


あの席に座るといつも思い出す。

あの日、彼女がつぼみが開くように笑った顔、あの時、私に見せた悲痛な顔、そしてあの瞬間、見せた最後の涙も。




「ねぇねぇユイー!」

耳元で私を呼ぶ声が聞こえた。今さっき休み時間開始のチャイムが鳴ったばかりなのに、もう既に私のところに彼女はいた。

「何か用? レイラ」

レイラ―私の数少ない友人の一人だ。チャイム後すぐに来るということは何か急用なのだろうか。するとレイラは口を開いた。

「あのさ、ユイはさ、席替えするならどこの席がいい?」


「は?」

思わず口から漏れてしまった。この質問をする為だけにチャイム後すぐに私のところに来たと言うのか? 

「で、ユイはどこがいいの?」

唖然とする私と返答を心待ちにするレイラ。少しの間沈黙が流れた後私は告げる。

「それを言うためだけに、チャイ厶が鳴ってすぐ私のところに来たの?」

「うん!」

曇りなき眼で言われ、もう何を言っても無駄だと確信した。私には質問に答える以外の選択肢はないようだ。

「真ん中の前から二番目の席かな」

とりあえず無難な答えを言っておいたけれど、

「えっ、なんで?」

「なんでって…一番授業聞きやすいから以外にある?」

ありきたりな回答をしたら目の前にあんぐりと口を開けるレイラの姿。

「授業をちゃんと聞こうと思って席選ぶ人なんていないよ(笑)」

「そうなんだ」

「うん!」

それは初耳だった。

そしてレイラが黙ったな、と思って顔を見ると、いかにも『私にも質問して』と言わんばかりの顔でこちらを見つめていた。

「レイラはどこがいいの?」

質問を返すとキラキラとした顔で、

「窓側の席!」

と答えた。

「窓側、かぁ…」

正直なところ、私は窓側は好きではない。

なぜなら夏は暑いし、冬は寒い、何と言っても、虫が入ってくるのは本当に耐えられない。

「ユイはあんまり窓側好きじゃない感じ?」

「うん、そうだね」

レイラは露骨にガッカリした表情を見せると、ちょうど休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。

「あ、もう終わりだ! じゃあね、また後で!」

小走りに告げるレイラに軽く手を振って見送りながら、私は次の授業はなんだったかと準備を始めた。




この間の会話から数日たち、今日は席替えの日だ。いつも通り何事もなく四限目まで授業が終わり昼休みの時間になる。すると案の定と言うべきか、レイラは今日もやってきた。

「今日も何か用?」

何かあるのかもしれないと思い、聞いてみると

「今日の用事はいつもの倍以上重要だよ! いつものはそんなに重要じゃないからいいけど、今日のは一言一句聞き逃さないでね!」

いつもの会話がそんなに重要でないことは本人もわかっていたみたいで安心したが、そんなレイラが言う重要な用事とは何だろうか? 

「重要な用事って何?」

するとレイラはいつになく真剣な表情で

「今日の席替えのとき窓側の席を選んで欲しいの」

と。

訳が分からなかった。私が窓側の席が好きじゃないことは前にも伝えたし、自分が座りたがっていた窓側を譲る意味も分からない。

「なんで?」

「お願い! どうしても窓側に座って欲しいの!」

パンっと手を合わせてお願いするレイラ。こんなにちゃんとお願いされたのはいつぶりだろうか。窓側に座って欲しい理由は言ってくれなかったが、私は渋々窓側を選ぶ事にした。

そして六限目の授業が終わり、LHRが始まる。

「ほらーお前ら、席に着けー」

担任の気だるそうな声が、騒がしかった教室内を静める。

「今から席替えをするから前の黒板に希望書いてけー」

クラスメイトが順々に名前を書いていく。そして私の番になった時、窓側の席はほとんど埋まっていなかったため、何事もなく私の席は決まった。新しい自分の席に移動して、ボーッと外を眺めていると

「やっほー!」

と聞きなれた声かした。

「レイラ?」

「ジャンケン勝ち抜いてきた!」

ドヤ顔で語るレイラ。これから数ヶ月間は隣が騒がしくなりそうだな、と考えていると

「これからは昼休みにダッシュしなくてもすぐ話せるね!」

なんて笑顔で告げるレイラがいるのだった。




席替えをしてから数日が経過し、騒がしい日々が続いた。昼休みはもちろん、授業中も話しかけてくるレイラに少し迷惑さを感じながらも、充実した毎日を過ごしていた。

そんなある日、帰りの会をしていると、急に担任がレイラを前に呼んだ。何事かと思っていると

「えー、レイラさんは来週の月曜日に引っ越すことになったそうだ。だから、学校に来るのも今週までだ。最後に思い出作っとけよー」

時が止まった気がした。前に立つレイラと担任。少し俯いて悲しげな顔を浮かべるレイラは普段の様子と似ても似つかなかった。

自分の席に戻って来たレイラは、少し寂しげな顔をしながら

「ごめんね」

とだけ呟いた。そのまま何事もなく帰りの会は終了し、放課後、私はレイラを校舎裏に呼び出した。



「何? どうしたの?」

不安そうな顔を浮かべるレイラ。

「やっぱり今日のことを怒ってる? ユイに、引越しのことずっと黙ってたこと」

申し訳なさそうに顔を伏せるレイラ。私は返事を返さない。

「ごめんね。私だってこんな形で知らせるつもりはなかったんだ。でも話したらユイが悲しむかなって思って、だから」

「だったら!」

私はレイラの言葉を遮って言った。

「どうしてもっと早く伝えてくれなかったの? もっと早く伝えてくれれば、出来たこと、いっぱいあったじゃん!」

「それは…」

目を伏せるレイラに、私は続ける。

「私はもっと早くに知りたかった! 私たち友達でしょ? 例え悲しむと分かっていたとしても、伝えて欲しかったよ! 私は」

伝えてくれなかったという怒りと悲しみでまとめきれないまま言葉が溢れ出す。相変わらず俯き続けるレイラに嫌気がさし、

「もういいよ」

とだけ残して、踵を返した。



それから二日が経ち、レイラと過ごせる最後の休日。私は未だにレイラと話せずにいた。今日もいつも通りグダグダと過ごしてしまうんだろうなと思っていた。そんな時、不意にインターホンが鳴った。軽く返事をしてから玄関へ向かうと、普段着に身を包んだレイラが立っていた。私がなんの用かと思い訪ねようとする前に、レイラが口を開いた。

「この間はごめん。許してもらえなくてもいい。でも最後くらい一緒に過ごしたいよ!」

レイラは今までに見たことないほど大粒の涙を零しながら叫んだ。私が驚いた顔で固まっていると

「ユイ、なんで泣いてるの?」

と言われ我に返り頬を拭うと、自分の目から涙が溢れていることに気づいた。それに気づいた途端に涙が止まらなくなり、ずっとレイラに隠してた思いも涙とともに溢れ出した。

「レイラ、行かないでよ。ずっと一緒にいたいよ!」

「私も、私だってユイとずっと一緒にいたいよ!」

そして2人でしばらく泣き続けた。

2人の涙が枯れ果てる頃には、日は西に傾いていた。

「ごめん、せっかくレイラが来てくれたのになにもできなかった」

私がもっとやりたいことがたくさんあったのにと悔やんでいると、

「私は最後にユイと話せただけでも嬉しかったよ。ケンカしたままバイバイが一番嫌だったからね。それに、ユイの泣き顔なんてもう一生拝めないだろうからね」

最後まで軽口を挟んでくるあたりは変わらないな、と思いながらレイラに背を向けると、引き出しからあるものを取り出し振り返った。

「これ、あげる」

とだけ言って、プレゼントを渡した。

「わぁ! ︎︎ありがとう! ︎︎中身見てもいい?」

目を輝かせながら言うレイラに

「いいよ」

と短く返すと、ラッピングを開封する音が聞こえた。そして喜んでもらえるかな、という不安を吹き飛ばすほど大きな嬌声が聞こえた。

「このネックレスすごくかわいい! ︎︎ありがとう! ︎︎今つけていい?」

「い、いいけど」

「やったぁ!」

そうしていそいそとネックレスをつけ始めるレイラ。まさかこんなに喜んでもらえるとは思ってもいなかった。

「見て見て? どう?」

バッと振り返って満面の笑みで見つめるレイラ。かわいい。

「かわいい」

「えっ! 本当? 嬉しい!」

口に出ていた。心の中で留めてたはずだったのに。

「本当にありがとうね、ユイ」

「ううん、レイラが喜んでくれたならいいんだよ」

「じゃあね!」

そう言って笑うレイラに、私も手を振り返して

「バイバイ」

そう言って笑った。



次の日、私は学校に行く。隣にいたはずのレイラはいない。それでも授業は進む。この時間、いつもならレイラが話しかけてくれるのにな。

そんなことを考えていたら途端に授業がつまらなくなってきて、窓の外に目を向けた。風に乗って流れる雲、外で体育をする生徒たち。そしてふと道路に目を向けると、思いっきり手を振る人影。

「レイラ?」

誰にも聞こえないようにボソッと呟いた。そしてなぜレイラがあんなに窓側の席を勧めていたのかが分かって、つうっと一筋の涙が零れた。

零れた涙を拭ってまた窓の外を見ると、レイラがなにか言っていた。遠すぎて聞き取れなかったけど、きっとこう言ってたはず。

―また会おうね

って。

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