『悪魔クロとやり直す最弱シーカー。十五歳に戻った俺は秘密の力で人間の頂点を狙う』
なべぞう
第1話
俺の名は空。35歳、職業は“ダンジョンシーカー”だ。
ダンジョンシーカーとは、100年前に世界中へ突如出現したダンジョンを探索し、資源や財宝を持ち帰る職業のこと。危険は多いが、それだけリターンも大きく、現代では人気の職業でもある。
ただし、シーカーにはそれぞれ“スキル”や“ジョブ”といった、生まれつき決められた能力がある。その質が、冒険者としての成長や限界を大きく左右していた。
そして俺が持って生まれたスキルは「アイテムボックス」。
部屋一つ分ほどの物を収納できる便利な能力ではあるが、攻撃や戦闘に役立つわけではない。そのため、俺の実力は常にCランク止まりだった。
5年前までは、幸運にもAランクのパーティに所属していた。しかし、もともと身体能力が低く、戦闘面での貢献も少なかった俺は、最終的に解雇された。
その後の俺は何処のパーティにも所属できず、ソロでダンジョンに潜る日々を過ごしていた。
ダンジョン帰りの夜道は、いつも妙に静かだ。
昼間、街の中心では冒険者たちが最新の戦果を報告しあって騒がしいのに、一歩裏通りへ入れば、風の音すら遠慮したように弱まる。
俺は薄暗い路地を歩きながら、背負った荷物の重さにため息をつく。といっても中身の大半は、今日手に入ったただの魔核や低級素材ばかりだ。シーランクでソロとなれば、稼ぎもこの程度が限界だった。
「……また、家賃払えねぇな」
呟いたところで状況が良くなるわけでもない。
この五年間、ずっとこうだ。
昔所属していたAランクパーティの仲間たちは今でも順調に名を上げていると聞く。対して俺はといえば、使えるスキルは収納だけ、戦闘能力は低いまま。運も才能も尽きた冒険者の末路は、どれだけ努力しても変わらない現実を突きつけてくる。
そんなときだった。
「……ん?」
路地の隅、段ボールの中から、か細い「ミィ」という鳴き声がした。
覗き込むと、黒猫が丸くなって震えていた。
毛並みは汚れ、足には怪我の跡。誰かに蹴られたのか、それとも魔獣に襲われたのか。放っておけるわけがない。
「こんなとこに捨てられて……。おい、生きてるか」
そっと抱き上げると、黒猫は弱々しく目を細めた。嫌がるそぶりも見せず、むしろ俺の胸元に顔を寄せてくる。
「……仕方ねぇな。メシくらいならくれてやるよ」
この日から、黒猫は俺のボロアパートの住人になった。
金はないが、パンの耳を分ければ嬉しそうに食べるし、帰宅すれば尻尾を振って迎えてくる。その存在が、いつからか俺の日々の唯一の救いになっていた。
――だが、平穏は長く続かなかった。
* * *
その日、俺は久しぶりに少し深めのダンジョンへ潜った。
生活が限界に近づき、多少リスクを負ってでも稼がなければならなかったからだ。
結果は――最悪だった。
「くそっ、なんでこんなとこにミノタウロス級が……!」
本来この階層には存在しないはずの中級魔獣。
しかも傷だらけで暴走状態だ。上階から落ちてきたのか、別の冒険者に追い詰められ逃げてきたのかは分からない。だが理由はどうであれ、今の俺が勝てる相手ではなかった。
逃げても追いつかれ、盾も剣も折られ、壁へ叩きつけられる。
「が……はっ……!」
肺の空気がすべて押し出され、視界が白く染まる。
骨の数本は折れただろう。血が喉を逆流し、まともに息もできない。
(……死ぬのか?こんな、ところで……?)
倒れたまま動けない俺へ、ミノタウロスがゆっくりと斧を振り上げる。
避けられない。ここで終わる。
俺の人生は、何も残せないまま――
「……そんな顔をするなよ、人間」
ふいに、耳元で声がした。
聞き覚えのない声。
けれど、その声にはどこか聞き覚えのある気配があった。
視界に黒が差し込み、小さな影が俺の胸の上に乗った。
黒猫だ。
俺が拾い、家に置いてきたはずのあの黒猫が、なぜかここにいた。
ただ――
「お前……なんで喋って……」
「ずっと言えなかったが、私は猫ではない。“悪魔”だ。お前との契約はまだ終わっていない」
黒猫の瞳が妖しく光り、ミノタウロスの動きがぴたりと止まった。
まるで空気が凍りついたような、圧倒的支配の気配が満ちる。
「空。お前はまだ死なない。いや、死なせない。
……だってお前は、私にとって唯一の“契約者候補”なのだから」
黒猫――いや悪魔は、俺の額にそっと額を押し当てた。
「望むなら、お前を“過去へ還す”ことができる。
今の人生をやり直したくはないか?」
途切れそうな意識の中、涙が滲んだ。
失ったものを取り戻したい。
もっと強くなりたい。
誰にも見捨てられない自分になりたい。
そして――
黒猫と過ごした温かい日々が、胸に浮かんだ。
「……やり直せるなら……もう一度……生きたい……」
「いい返事だ、人間。では――契約を結ぼう」
次の瞬間、世界が闇で包まれた。
こうして俺は、死の直前の一瞬で“過去へ戻る”契約を結んだのだった。
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