第8話「忍び寄る世界の危機と魔王軍の影」
勇者アレスの失墜により、「黎明の翼」への妨害は完全になくなった。彼らは辺境の街リンドールで確固たる地位を築き、その活動はますます活発になっていく。レオンの【神眼】によって見出された素材と、ブロックや他の職人たちの手によって生み出される高品質な装備は、ギルドに莫大な利益をもたらした。その資金を元に、ギルドハウスは増築され新たな仲間も次々と加わっていった。
ギルドは順風満帆。仲間たちの笑顔に囲まれる日々。追放された時の絶望が、まるで遠い昔のことのように感じられた。
だが、レオンの心の中には一抹の不安が影を落としていた。世界全体を覆う、不穏な空気。彼の【神眼】が、断片的に映し出す不吉な未来のビジョン。それは日を追うごとに、より鮮明な形を取り始めていた。
「最近、魔物の活動が活発化していると思わないか?」
ある日のギルドの作戦会議で、レオンは仲間たちに問いかけた。
「確かに。今まで現れなかったような強力な魔物が、人里近くで目撃されるケースが増えている」
偵察を担当する斥候のメンバーが、厳しい表情で頷く。
「北の国境では、オークの軍勢が砦を一つ陥落させたと聞きました。南の港町は、巨大な海棲魔獣に襲われて壊滅的な被害が出たとか……」
カイトが、集めた情報を報告する。大陸各地で、同時多発的に魔物の災害が頻発している。これは、ただ事ではなかった。
「まるで、誰かが組織的に動いているみたいだわ……」
リナの言葉に、その場の全員が息を呑んだ。組織的に動く魔物の軍勢。それは、一つの可能性を示唆していた。
――魔王軍の復活。
数百年前に、初代勇者によって封印されたはずの世界の敵。その存在が、再び現実味を帯びてきている。
その不安は、すぐに現実のものとなった。
大陸中央に位置する大国、グランツ帝国が、突如として現れた魔王軍の幹部を名乗る一体の魔物に、たった一体で首都を壊滅させられたという衝撃的なニュースが世界を駆け巡った。
「帝国が……たった一体の魔物に……?」
ギルドハウスの作戦室に集まった幹部たちの間に、緊張が走る。グランツ帝国は大陸屈指の軍事大国だ。その騎士団が、赤子の手をひねるように壊滅させられたという事実は、出現した敵がこれまでの魔物とは次元の違う存在であることを物語っていた。
「その魔物は『四天王』の一角、”煉獄のゼノス”と名乗ったそうです。そして、こう宣言したと。『我らが真の王、魔王ガルザード様は復活された。人間どもの時代は終わる』と」
レオンが集めた情報を静かに読み上げる。作戦室は重い沈黙に包まれた。誰もが、これから始まるであろう世界を巻き込んだ大戦の予感に身を震わせている。
***
世界の危機を前に、諸国の王たちは慌てふためいた。彼らが最後の希望として頼ったのは、皮肉にも謹慎処分となっていた勇者アレスだった。
「勇者よ、今こそその力を示す時だ!出撃し、魔王軍を討伐せよ!」
王からの勅命を受け、アレスは謹慎を解かれた。失墜した名誉を回復する、またとない機会。彼は「待ってました」とばかりに意気揚々と出陣していった。ソフィアとゴードンも、どこか不安げながらも彼に付き従う。
彼らが最初に向かったのは、グランツ帝国を襲った”煉獄のゼノス”が、次なる標的として予告した要塞都市バルドだ。人々は勇者の到着に熱狂し、勝利を信じて疑わなかった。
だが、その期待は史上最悪の形で裏切られることになる。
要塞都市バルドの城壁の上で、アレスは煉獄のゼノスと対峙した。ゼノスは、燃え盛る炎の鬣を持つ巨大な獅子のような姿をした魔人だった。その全身から発せられる熱気は、城壁の石を溶かすほどだ。
「貴様が、この時代の勇者か。拍子抜けだな。その程度の力で、我らが王に挑むつもりか?」
ゼノスは、アレスを値踏みするように見下し嘲笑った。
「黙れ、化け物が!この聖剣の錆にしてくれる!」
アレスは激昂し、聖剣を構えて突進する。しかし、彼の剣はゼノスに届く前にその体から立ち上る高熱のオーラによって勢いを殺されてしまう。
「遅い。そして、軽い」
ゼノスが振るった腕の一撃が、アレスの体をいとも簡単に吹き飛ばした。城壁に叩きつけられ、アレスは苦悶の声を上げる。
「アレス様!」
ソフィアが最大級の氷結魔法を放つが、ゼノスの炎の前では一瞬で蒸発してしまう。ゴードンの渾身の斧も、ゼノスの肌に傷一つ付けることができない。
力の差は、歴然だった。いや、そもそも勝負にすらなっていなかった。
「終わりだ、勇者」
ゼノスがアレスにとどめを刺そうと、巨大な炎の爪を振り上げた、その時。アレスの体が、突如として禍々しい紫黒のオーラに包まれた。
「ぐ……うあああああああっ!」
アレスが苦痛に叫ぶ。彼の瞳が、人間のものではない血のような赤色に染まっていく。その体から溢れ出す力は、明らかに常軌を逸していた。
「ほう……?それが貴様の隠された力か。面白い」
ゼノスは興味深そうに腕を組む。暴走したアレスは、獣のような雄叫びを上げ再びゼノスに襲いかかった。その動きは先ほどとは比べ物にならないほど速く、重い。聖剣が、ゼノスの腕を浅く切り裂いた。
だが、それだけだった。
「なるほどな。理性を失い、寿命を削ることで一時的に力を引き出しているにすぎん。小細工よ」
ゼノスはアレスの攻撃を冷静に見切り、その腹部に強烈な一撃を叩き込んだ。紫黒のオーラが霧散し、アレスの体は糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちた。
勇者の、完膚なきまでの敗北。その光景は、要塞都市の兵士たち、そして世界中の人々の心を深い絶望の底へと叩き落とした。
「勇者が……負けた……」
「もう終わりだ……世界は、魔王に滅ぼされるんだ……」
敗走したアレスたちは、命からがら戦線を離脱した。だが、彼らに安息の地はなかった。勇者が敗れたというニュースは、人類の戦意を根こそぎ奪い去っていく。各地の防衛線は次々と破られ、魔王軍の侵攻を止める者はもはやどこにもいなかった。
レオンたちのいるリンドールにも、戦火の噂はすぐに届いた。街は避難民で溢れ、誰もが不安と恐怖に怯えている。
「レオン、どうする?このままじゃ、この街も……」
リナが、青い顔でレオンに尋ねる。
レオンは、作戦室の窓から不安げに行き交う人々を見つめていた。彼の【神眼】は、アレスの敗北もその後の世界の混乱も、全て予見していた。だが、それと同時に別のものも見ていた。
アレスが敗北する寸前に放った、あの禍々しい紫黒のオーラ。あれは、ただの魔力暴走ではない。もっと根源的で、邪悪な何かの片鱗。そして、魔王軍を率いるという魔王ガルザード。その存在を【神眼】で探ろうとすると、なぜか強烈な悲しみの感情が流れ込んでくるのだ。
『何かがおかしい。この戦い、何か裏がある……』
世界の誰もが絶望に打ちひしがれる中、レオンだけがその瞳に冷静な光を宿し、危機の裏に隠された『真実』を見極めようとしていた。彼の本当の戦いは、まだ始まってもいなかった。
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