【鑑定】は役立たずと勇者に追放されたが、実は万物を見通す【神眼】だった。最高の仲間と最強ギルドを創り、世界を救います
藤宮かすみ
第1話「役立たずの追放と神眼の覚醒」
「いい加減にしろ、この役立たずが!」
怒声と共に、レオンの体は冷たい石壁に叩きつけられた。肺から空気が押し出され、激しく咳き込む。鈍い痛みが走る背中よりも、胸に突き刺さる言葉の刃の方がずっと鋭く彼を傷つけていた。
見上げると、苛立ちを隠そうともしない勇者アレスが、忌々しげにレオンを見下ろしていた。その手には白銀に輝く聖剣が握られているが、今のレオンにはその輝きすらも自分を嘲笑っているかのように見えた。
ここは薄暗いダンジョンの最下層。目的のボス部屋まであと一歩というところで、パーティーは壊滅的な被害を受けて撤退を余儀なくされた。その原因がすべてレオンにあると、アレスは決めつけているのだ。
「お前の鑑定のせいで、俺たちは罠にかかり魔物の奇襲を受けた!なぜ見抜けなかった!」
「ち、違います!僕はちゃんと警告しました!この先は危険な罠と、隠れた魔物の反応があると……」
「言い訳は聞き飽きた!お前の【鑑定】スキルなんざ、結局は魔物の名前が分かるだけのガラクタなんだよ!そんなもの、俺の直感の方がよほど役に立つ!」
アレスの言葉に、パーティーの仲間たちも同調する。妖艶な笑みを浮かべる魔術師のソフィア、屈強な肉体を誇る戦士のゴードン。彼らの視線は、ゴミでも見るかのように冷え切っていた。誰もレオンの言葉を信じようとはしない。これまでも、ずっとそうだった。
レオンの【鑑定】スキルは、なぜか精度が低かった。アイテムを鑑定しても基本的な情報しか表示されず、魔物のステータスも曖昧。罠の探知に至っては、成功する方が稀だった。だから彼は、パーティーの荷物持ちや野営の準備、炊事洗濯といった雑用ばかりを押し付けられてきた。神官でありながら、治癒魔法を使う機会すらほとんど与えられなかった。
それでも、いつか勇者であるアレスの役に立ちたい、世界を救う一助になりたいと必死に食らいついてきた。だが、その想いも今日、無残に砕け散った。
アレスの持つスキル【聖剣召喚(能力抑制の呪い)】は、レオンの聖なる力さえも弱めていたため、彼が神官としてまともに治癒魔法を行使できたことすらなかった。
「もう我慢の限界だ。レオン、お前は今日限りでパーティーを追放する」
「そ、そんな……!」
「当然の結果よ。あなたがいるだけで、アレス様の輝きが曇るもの」
ソフィアがくすくすと笑う。ゴードンは腕を組み、黙ってレオンを睨みつけている。彼らにとってレオンの追放は決定事項であり、一片の情けも存在しないらしかった。
「これは餞別だ。ありがたく受け取れ」
チャリン、と虚しい音を立ててレオンの足元に転がる。これまでの貢献に対する報酬がこれだけ。それはもはや侮辱ですらなく、彼の存在そのものがアレスにとってはその程度の価値しかないという明確な意思表示だった。
「さっさと失せろ。二度と俺たちの前に姿を現すな」
背を向け、ダンジョンの出口へと歩き出す三人の背中を、レオンは呆然と見送ることしかできなかった。
幸い、アレスたちがボス部屋から撤退する際に魔物を掃討した後だったため、新たな脅威は現れなかった。レオンは傷ついた体を引きずり、壁伝いに歩き始めた。
引き留める言葉も気力も、もう残っていなかった。
一人残されたダンジョンに、冷たい風が吹き抜ける。心にぽっかりと空いた穴を、その風が通り過ぎていくようだった。悔しさと無力感、そして深い絶望が彼の全身を支配する。
『僕は……僕は、本当に役立たずだったのか……?』
震える手で、足元の革袋を拾う。中には銅貨が三枚。これで街まで戻ることも、宿に泊まることすらできない。アレスはレオンがこのダンジョンで、野垂れ死ぬことすら望んでいるのかもしれなかった。
ふらふらとした足取りで、レオンもまたダンジョンの外へと向かった。外は既に夕闇が迫り、空は悲しいほどに美しい茜色に染まっていた。これからどうすればいいのか、どこへ行けばいいのか全く分からない。
「……そうだ。最後に、試してみよう」
ほとんど無意識に、彼は自分自身に【鑑定】スキルを発動させた。これまで何度も試したが、表示されるのは平凡なステータスだけだった。どうせ今回も同じだろう。だが、何かにすがりたい一心だった。
――スキル、【鑑定】を発動します。
脳内に響くいつものアナウンス。しかし、その直後に続いた光景は今までとは全く異なっていた。
目の前に現れた半透明のウィンドウには、見たこともないほどの膨大な情報が黄金の光を放ちながら流れ込んでくる。
【対象:レオン】
【称号:追放されし神官】
【スキル:神眼(ゴッドアイ)】
・状態:覚醒(勇者アレスのスキル【能力抑制の呪い】から解放)
・詳細:万物の真価、本質、隠された能力、進化の道筋、未来の可能性に至るまで、森羅万象のすべてを見通す神の眼。所有者の練度により、情報の深度は変化する。
「……え?」
レオンは自分の目を疑った。何度もまばたきをするが、目の前のウィンドウは消えない。
【神眼】?覚醒?【能力抑制の呪い】?
理解が追いつかない。だが、そこに書かれている文字は紛れもなく、彼のスキルが【鑑定】ではなく【神眼】という規格外のものであることを示していた。そして、これまで精度が低かった原因はアレスが持つスキルにあったのだと。
『アレスの……呪い……?』
道理で、彼がパーティーにいる間、他のメンバーの能力も最大限に発揮されているとは言えなかったわけだ。アレスが活躍する時ほど、なぜか周囲の動きが鈍るように感じていた違和感の正体が今ようやく理解できた。勇者アレスは、仲間であるはずの者の力を無意識に奪い、自分の力に上乗せしていたのだ。
「僕のスキルは……役立たずじゃ、なかった……!」
膝から崩れ落ちそうになるのを、必死にこらえる。込み上げてきたのは怒りでも悲しみでもなかった。それは、純粋な歓喜。自分の存在価値が、決して無ではなかったという証明だった。
「そうか……僕は、ずっと力を抑えられていただけなんだ……」
涙が頬を伝う。それは絶望の涙ではなく、安堵とそして新たな希望から生まれた温かい涙だった。
アレスたちから物理的にも呪いからも解放された今、自分にはとてつもない力が宿っている。世界の見え方が、まるで違って感じられた。道端に転がる石ころの一つ一つに微かな魔力が宿っているのが見える。遠くの森の木々がどのような薬の材料になるのかが、手に取るように分かる。
レオンはゆっくりと立ち上がった。追放されたばかりだというのに、彼の心は不思議なほど晴れやかだった。
「アレス……君たちには感謝しないといけないのかもしれないな」
もし追放されなければ、この力に気づくことは一生なかっただろう。彼らはレオンから全てを奪ったつもりだろうが、実際には彼に本当の自由と可能性を与えてくれたのだ。
「ここからだ。僕の本当の人生は、ここから始まるんだ」
銅貨三枚を握りしめる。心許ない所持金だが、不安はなかった。【神眼】があれば何でもできる。そんな確信があった。
彼はまず、最も近い辺境の街を目指して歩き出すことにした。夕闇に沈んでいく荒野を前に、レオンは深く息を吸い込む。その瞳には、先ほどまでの絶望の色はどこにもなく、未来を見据える強い光が宿っていた。
かつて「役立たず」と蔑まれた神官の、本当の物語が今、静かに幕を開けた。
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