Ep.開かれた鳥籠のあとのあと

 ――シロ。

 名前を呼んでも、お前はどこにもいない。


 最後の別れから、何年たっただろう。

 とうの昔に忘れ去ってしまったようで、ついさっきの出来事のようで。たまにわからなくなる。

 

 

「ねーねー、じいちゃん! じいちゃんは悪魔狩りだったんだろ! 悪魔を殺す剣、ってやつ、見せてよ!」

 窓辺でうたた寝をしていると、孫がガシガシと激しく椅子を揺らしてきた。相変わらず元気で――と思ったら、勢い余って椅子をひっくり返されそうになった。ふざけんなこのクソガキ、と思いつつ、表面上は好々爺のふりをして、孫の頭をごりごりと撫でる。

「悪魔を殺す剣、ってなんじゃったかのぉ。ところでご飯はいつかの?」

「急にボケたふりしているけど、頭めっちゃ握ってくるじゃん。何? おれのことひねりつぶそうとしてんの?」

「お前のようなうつけなど、ひねりつぶす価値もないのぉ。ほーれどうした反撃は」

「わーわー」

 と、いつものように戯れておいて。孫は真面目腐った表情で正面に座り直す。黒い髪、黒い目。家族の中では一番かつての自分に似ているとの評だったが、それにしてもこんなくそ生意気な顔をしていただろうか。思わず自問自答していると、意識が遠くなる。

「じいちゃん、寝るならベッドにしてよ。風邪ひくじゃん」

「んかっ。ああ、そうだったの。悪魔を殺す剣、だったか」

「脈絡なさすぎじゃね」

「そんなこと気にしてたらわしと会話できんじゃろ。それで、悪魔を殺す剣なぁ……。そんなもん、とっくに売り払って金に変えてしもうたわ。わしが二十歳を過ぎたころじゃから、十数年前かのぉ」

「なるほど、悪魔狩りやめたころに売っちまったのか。ざんねん。見たかったのに」

「う、うむ。そうか。まあ、今は悪魔狩りなんてもんは存在しておらんしのぉ。わしの若いころに比べれば平和なもんじゃって」

 事実、悪魔狩りの組織はとっくの昔に解体され、現在は機能していない。狩る対象である異形自体が減ったこともあるし、そもそもわしがちょっと暴れたんだよなぁ。などと独り呟いていると、孫が思い出したように顔を上げる。

「そうだ! 剣がないんだったら、代わりになんか話してよ! ほら、枯れ木山の毒竜とか、青い大河の魔神の話とかさ!」

 どうやら、以前話したことを覚えていたらしい。目を輝かせる孫に、ちょっと困って目を泳がせる。確かにそれらは事実であったものの、自分が主役の話ではないので話し辛いというか……。

「あー……そうじゃな。だったら、『白い悪魔』の話はどうかの」

「しろい、あくまー? なにそれ、強いやつの話?」

「強いやつではないが、この地方ではよく知られた存在だったんじゃよ。わしが子供の頃のことだったか。刹那の森という場所に、平穏を愛する『白い悪魔』という一族がおっての……」

 つらつらと語り始めると、孫は真剣な表情で聞き入る。それを何気なく眺めながら、かつて自分がたどった道を思い出し始めた。


 遠い昔、刹那の森には『白い悪魔』がいた。

 今、彼らはいない。どこにも存在しない。しかし『オレ』の記憶の中ではまだ、確かに生きている。


 ――シロ。

 あんたに出会えて、オレは幸せだったよ。

 鳥籠を開けてくれて、ありがとう。



 セツナの鳥籠――了

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