第11話「最後の障壁と交わされる誓い」
儀式に向けて、俺とラッセルは準備を始めた。
古文書によれば、儀式は月の力が最も満ちる満月の夜、ヴァレンティン領で最も神聖な場所とされる『月の泉』で行わなければならないという。
準備を進める一方で、ラッセルは情報網を駆使し俺を古文書へと導いた黒幕を探っていた。
彼の調査は迅速かつ的確で、数日のうちに犯人は特定された。
それは、失脚したマルティン侯爵の残党と、彼らに唆されたヴァレンティン家の一部の家臣たちだった。
彼らは、俺とラッセルの間に楔を打ち込み、呪いの儀式を失敗させラッセルが死んだ後にヴァレンティン家の実権を握ろうと画策していたのだ。
「満月の夜、儀式の場所を襲撃するつもりのようだ。愚かな連中だ」
ラッセルは、報告書を読みながら冷ややかに呟いた。
その横顔には、一切の慈悲もなかった。
「どうするんだ、ラッセル」
「決まっている。返り討ちにしてやるまでだ。だが、お前は儀式に集中しろ。奴らの相手は、私が手配した者たちに任せればいい」
彼はそう言ったが、俺は静かに首を横に振った。
「いや、俺も戦う。これは、俺たちの未来を賭けた戦いだ。あんただけに任せてはおけない」
「レオン……だが、お前の身体は……」
「Ωだから戦えない、なんて言うなよ。俺は、あんたを守るために鍛えてきたんだ。その力は、今も錆び付いていない」
俺の強い眼差しに、ラッセルは一瞬ためらったがやがて深く頷いた。
「……分かった。だが、決して無理はするな。お前に何かあれば、儀式どころではなくなる」
「ああ、分かってる」
俺たちは、互いの目を見て強く頷き合った。
そして、運命の満月の夜がやってきた。
月の光が白銀の糸のように降り注ぐ中、俺とラッセルは『月の泉』へと向かった。
泉は、森の奥深く静寂に包まれた神秘的な場所にあり、水面は月光を反射して幻想的に輝いていた。
俺たちが祭壇の中央に立った、その時だった。
「ここまでだ、ラッセル様!」
周囲の茂みから、武装した男たちが一斉に姿を現した。
その数、およそ二十人。
先頭に立つのは、見覚えのある家臣の顔だった。
「お前たちか」
ラッセルは、少しも動じることなく静かに言った。
「そうだ。呪われたあなたに、ヴァレンティン家を任せるわけにはいかない!その得体の知れないΩと共に、ここで死んでもらう!」
男が叫び、手下たちが一斉に剣を抜く。
「レオン、下がっていろ!」
ラッセルが前に出ようとするのを、俺は手で制した。
「いや、ここは俺に任せろ。あんたは、儀式の準備を」
俺は、懐に隠し持っていた短剣を抜き放つと敵に向かって駆け出した。
久しく振るっていなかった剣だが、身体は戦い方を覚えていた。
Ωになってから、身体能力は以前より落ちている。
だが、問題ない。
力で敵わないなら、速さと技で翻弄すればいい。
俺は、敵の攻撃を紙一重でかわし的確に急所を突いていく。
一人、また一人と、男たちは俺の前に倒れていった。
「な、なんだこいつは……!?Ωのはずでは……」
家臣が愕然とする。
その隙を、俺は見逃さなかった。
一気に距離を詰め、男の喉元に刃を突きつける。
「終わりだ」
俺がそう告げた瞬間、残りの敵もどこからともなく現れた黒装束の集団によって、あっという間に制圧されていった。
ラッセルが手配していた、公爵家直属の隠密部隊だ。
すべての脅威が去り、泉のほとりには再び静寂が戻ってきた。
「見事だった、レオン」
ラッセルが、俺の元へ歩み寄ってくる。
その瞳には、誇らしさと深い愛情が満ちていた。
「さあ、始めよう。私たちの儀式を」
俺たちは、泉の中央にある祭壇に向かい合った。
ラッセルは、古文書に記された祝詞を唱え始める。
彼の声が、神聖な空間に響き渡る。
「……古き月の契約に従い、我が魂の半分を、ここに誓う者に捧げん」
祝詞が終わると、ラッセルは俺のうなじにある噛み痕に、もう一度深くその牙を立てた。
「っ……!」
前回とは比べ物にならないほどの、鋭い痛みと魂が焼かれるような熱が全身を貫く。
だが、それと同時にラッセルの生命力、彼の魂そのものが俺の中に流れ込んでくるのを感じた。
俺の魂もまた、彼の中へと溶け合っていく。
視界が白く染まり、意識が遠のいていく。
薄れゆく意識の中で、俺はラッセルの優しい声を聞いた。
「愛している、レオン。永遠に」
俺は、彼のその言葉に最後の力を振り絞って答えた。
「俺も……愛してる、ラッセル」
そして、俺たちの魂は完全に一つになった。
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