第2話 正義と豚肉の間で揺れる女 🍖⚖️

 WildTalkは、動物愛護派が集まる“正義の闘技場”みたいなSNSだ。

 「正義ポイント」という謎の機能があって、コメントが炎上すればするほどポイントが増える。

 さらに、炎上ランキングの上位に入ると「エコバッジ」がもらえる仕組み。


 私の今のバッジは――『森の守護者』。

 名前だけ聞けば、すごく立派な人みたいでしょ?

 でも実際の私は、冷蔵庫に豚肉を常備している“ただの肉好き女”である。


(豚肉はいいのよ。だって健康にいいんだから)


 豚肉には脂肪燃焼を助けるカルニチンが多く含まれていて、代謝アップにも効果的。

 たんぱく質も豊富で、筋肉がつけば基礎代謝も上がる。


(まあ、私、運動してないんだけど……)


 昨日は炎上ランキング3位だったのに、今日は5位に落ちていた。

 ランキングが落ちると、私の気分も落ちる。

 正義ポイントは、私のメンタルの生命線なのだ。


 そんな時に限って、スマホが鳴った。

 WildTalkじゃない。

 別のコミュニケーションアプリ――母からだ。


「結婚はまだ?」「あの起業家くん、今度紹介してよ」


 呪いのメッセージに、心臓がギュッと縮む。


(起業家彼氏なんていない。あれは去年の嘘……)


 「今、忙しいから!」と返信すると、すぐ既読がつく。


「忙しいって何? また変なSNSで遊んでるんじゃないでしょうね?」


「遊んでない! 世界を救ってるの!」


「世界より、あんたの人生救いなさい!」


(余計なお世話だってば!)


 母は追撃の手を緩めない。


「彼氏は?」


「いる!」(嘘)


「名前は?」


「……ジョン」(なぜカタカナにした、私)


「外国人? 紹介して!」


(やばい、設定が崩壊する……!)


 私は慌ててWildTalkに逃げ込む。

 ここは私の“安全地帯”であり、“戦場”でもある。


「この動画が人気みたいね。何かしら?」


 画面には、女性猟師がクマを仕留めて解体している動画。

 その瞬間、私の指は戦闘モードに切り替わった。


 狩猟中なのに、彼女は綺麗にメイクしている。

 血の赤とリップの赤が妙にマッチしていて、なんだか広告みたい。


(男性人気を狙ってるわね……そうはさせない!)


 私はコメント欄に突撃した。


「お前の内臓を出してやる!」


 書いた瞬間、ちょっとスッキリ。

 だって、メイクしてクマ撃ってるんだよ?

 命への冒涜じゃない?


(さて、私もメイクしてスーパー行くか……今日はポイント5倍だし)


 買い物から帰ると、女性猟師本人から返信が来ていた。


「命をいただくことに感謝しています」


 は? 感謝?

 「感謝してるなら撃つな!」って即レスした。


 すると、彼女からさらにコメント。


「あなたの冷蔵庫にも肉、入ってませんか?」


 心臓が止まりそうになる。


(見られてる? いや、ただの皮肉……だよね?)


 反射的に部屋を見回し、カーテンの隙間までチェックしてから、「それとこれとは違う!」と必死に返す。


 フォロワーが「いいね」を連打してくれる。

 通知が止まらない。

 気分がいい。


 運営から「あなたのコメントは攻撃的です」という警告も来たけど――無視。


(正義に警告なんていらない!)


 そう思っていたら、また母から通知。


「結婚しないなら、せめて肉食やめなさい」


 私はスマホを握りしめて叫ぶ。


「肉食やめるより、クマを守る方が大事なの!」


 そうつぶやきながら、冷蔵庫の豚肉を取り出して生姜焼きを作る。

 これとビールがあれば、彼氏なんて必要ない。


(豚さん、あなたの犠牲は尊い……って言えば許されるかな?)

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