第3話

帰宅して私はベッドに寝転がりながらスマホをいじっていた。あかりからのラインはまだ来ない。


(部活終わったら連絡するって言ってたのに)


いつも通りに薬を飲む。――少しは落ち着くだろうか。


『あかり、まだ帰ってない?』


相談があるって言ってたからあとで返信は返ってくるだろう。あかりは未読のままにしておくこともあるし、不自然ではない。


そう思い、私はライン画面を閉じる。夕ご飯に呼ばれ、下に降りる。

二階に戻り、机に置いて行った携帯を開く。


…あまりに既読がつかない。

どれだけ遅くてもあかりは3時間以上返信を空けることはない。


通話開始のボタンを押す。

コールが切れて、現在、電話に出ることができません——と、人工音声が返ってきた。


出ない。


(部活のあと先輩に捕まった? 絢斗くんと遊んでる?まぁ、あり得るけど…絢斗くんとあかりは帰り道逆方向だしな。家で寝落ちかな)


何かしら理由があるんだろう。普段と少し違うからといって、夜に他人の家を訪ねるのはさすがに失礼だ。するつもりもない。


私は携帯を伏せて、課題と教科書を開いた。

返信は来ないままだけれどこれ以上確認する術はなかった。


翌朝、私はいつも通りあかりの家へ向かった。寒さが日に日に厳しくなる。


インターホンを押す。

すぐには反応がなく、二度目を押そうとしたとき——


ガチャ、と玄関がゆっくり開いた。


そこにいたあかりのお母さんは、いつもと全く違っていた。瞼が腫れ上がって目の下にくっきりとくまがある。


「……律ちゃん、おはようね」


「おはようございます。あの、あかりはまだ準備——」


言い切る前に、お母さんが静かに私の声を遮った。


「ごめんね。律ちゃん。あかり……昨夜……事故にあって……」


時間が止まったような感覚。

何を言われているのか、一瞬理解できなかった。


「川の近くで……倒れていたの。ジョギングしてた方が見つけてくれたんだけど……もう……」


そう言い終わるとお母さんは顔を手で覆ってしまった。静かな泣き声が聞こえる。


川。

夜。

倒れていた。


何度聞いても、意味は繋がらなかった。


何か聞きたくても声にならなかった。お母さんはどうにか説明を続ける。


「警察の人も、事故だろうって……。分からないの。あの子、一人で……どうしてあんな場所に……」


私は立っているだけで精一杯だった。あかりがもう居ない。現実味がない現実が私の心を引っ掻く。


なんとか身体を引きずるようにして学校へ向かった。歩いているのに、足が地面に触れていないみたいだった。昇降口からクラスに行くまで、どういう行動をしたかも覚えてない。


席に着く。空いている横の席を見たくない。

かろうじていつも通りに一限の準備をしていると、絢斗くんが斜め後ろから挨拶をしてくる。


「律さん、おはよう。…えっと、あかりは?」


答えることもできずにいると、担任の佐野先生がいつもより急ぎ気味でクラスに入ってきた。朝のHRが始まる。


「……皆に話しておかないといけないことがあります」


佐野先生の声はいつもより低くて、慎重に言葉を選んでいるのがわかった。教室中の空気が一気に重くなる。私は机の端を掴んで、ただ聞くしかなかった。


「クラスメイトの佐藤あかりさんが、昨夜……亡くなりました」


息を呑む音が、教室のあちこちで小さく響いた。意味がわかる言葉で話されてるのに、私の頭が再び理解を拒む。


佐野先生は続けて、「詳細については警察の調査中で、家庭の事情もあるので多くは話せない」と説明した。

“多くは話せない”——その言い方が、朝のお母さんの表情と重なって、胸の奥がまた痛くなる。


HRが終わると、佐野先生に呼ばれる。職員室を抜けて、指導室に入るよう促される。

そこには警察の人が二人いて、机の上にメモ帳を開いていた。話せる範囲でいいので、と前置きをされ、質問が飛んでくる。


「昨日の夜、何時ごろまで佐藤あかりさんと連絡を取っていましたか?」

「普段、何か悩んでいる様子はありましたか?」

「他に何か気になることは——」


一つひとつの質問に答えるたび、視界がじわりと滲んでくる。

明るいあかりの声。

小さい頃から変わらない笑顔。

既読がつかないままのライン。

朝のあかりのお母さんの姿。


警察は私の返した言葉をメモに書き込む。静かな空間に響くペンの音が、余計に現実感を強めた。


「ありがとうございました。…お辛いと思いますが、もし、何か思い出したことがあれば学校を通じて教えてください」


そう言われて解放される。不安が一気に押し寄せてくる。あまりに顔色が悪かったのか、佐野先生は私を気遣って保健室に連れて行く。


先生は「もし無理なら早退でもいい」と言い残して、保健室のドアを開けた。

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