第31話 次元突破!マジンカーZ!!

 ――油山。夜の峠。


 俺――ヒロシは、ハンドルを握る手に力を込める。

 汗ばんだ手のひらに、ステアリングの革が深く食い込んだ。

 

 俺の愛車マシンは、黒い塗装が夜に溶け込むゼリカZZG。死んだじぃちゃんが改造に改造を重ねた、この世に一台しかない相棒だ。

 

 ギャァァァァァッ!!

 

 ブースト計の針が一気に跳ね上がる。圧縮された空気がタービンを回し、爆発的な加速が背中を押した。車体全体が路面に吸い付くように沈み込み、次のコーナーへ突っ込んでいく。

 

 

 油山の峠は、俺にとって『現実世界でのすべて』だった。

 

 大学も、恋愛も、将来も、どうでもいい。誰に怒られられようが、友達に呆れられようが、そんなことはどうでもいい。

 夜の山に響くエンジンの咆哮だけが、生きている実感だった。

 

 アクセルを踏み込んだときの圧力、コーナーを抜けたときの解放感――それだけが、俺を俺たらしめていた。

 

 ヘッドライトが山肌を照らし、ガードレールが流線となって流れていく。

 

 ギアを2速に叩き込み、アクセル全開。


「来いや……!」


 驚異的な速度で次のコーナーが迫る。俺は一瞬でブレーキングポイントを見定めた。

 ここで踏めば、完璧なラインで抜けられる。油山を何百回と走り込んだ身体が、そう告げていた。


 ブレーキ。ペダルを踏み込む。ハンドルを切る。腕に力を込め、一気に回す。


 ゼリカが、美しい軌道でコーナーを抜けた。タイヤが軋み、Gが体を押す。



「――よし!」


 完璧だ。完璧なライン。完璧なタイミング。


 コーナーを抜けて、俺は――。



「どうだカレン、完璧なコーナリングだったろ」



 助手席に向かって、そう言った。自然と、口が動いた。



 ――その瞬間。


 記憶が、蘇った。せきを切ったように、溢れ出してくる。



 いつも助手席にいた――。



 金色の髪。大きな耳。透けるように白い肌。大きな緑の瞳。


 

 ――美しい、エルフの少女。



「……カレン……!」


 思い出した。全部、思い出した。


 カレン。シルビア。コルト。ドリフター。


 異世界。マシンデウス。四大天使。バトルドーム。

 暴走神、オーバー・ドウロー。



 全て――全て、思い出した。



「俺は……なんで今まで……忘れていたんだ……!」



 涙が、溢れた。視界が滲む。ハンドルが、濡れる。



 カレン。あいつは、どうしてる? 無事なのか? 泣いているのか?

 みんなは? 戦っているのか? 生きているのか?

 ドリフターは? 走っているのか? 一人なのか?



「……っ!」


 ハンドルを握り締める。革が、きしむ。



「返事をしろZ、聞いているんだろ!」



 叫んだ。声が峠に響く。木々が揺れ、風が吹き抜ける。



 沈黙。



 長い、長い沈黙。虫の声だけが、響いている。



 そして――。


『……お久しぶりです、マスター』



 Zの声が、響いた。懐かしい声。温かい声。



ゼット……!」



 涙が止まらない。嬉しくて、嬉しくて、涙が止まらない。



『マスター……』



 Zの声が、温かい。優しい。



『このままこの世界に残れば、安全で充実した生活ができますよ』



「……」



 俺は、前を見る。峠の道が、ヘッドライトに照らされている。



『未練は、ございませんか?』



「……」



 俺は――。



 深く息を吸った。夜の冷たい空気が、肺を満たす。



「大学も、恋愛も、将来も、どうでもいい」



 ハンドルを握り締める。力を込める。



「誰に怒られようが、友達に呆れられようが、そんなことはどうでもいい」



 前を見る。夜の峠が、ヘッドライトに照らされている。あの道の先に、あいつらがいる。



「俺は――あいつらと、これからも走り続けたい!」



『……』



「Z――いや、|マジンカーZ」



 俺は、叫んだ。魂の底から、叫んだ。



「俺に、ついてきてくれるか?」



『――もちろんです、マスター』



 Zの声が、力強く響く。エンジンが唸る。



『これからも、ずっと――ご一緒させてください』



「……ああ!」



 アクセルを全開にした。ペダルを、床まで踏み抜く。


 ゼリカが、加速する。タイヤが路面を噛む。風が、吹き抜ける。



「行くぞ、ゼットっ!」



『はい!』



「……Z-MAX……発動ッ!!!!!!」



『――レディ!!』



 ギャアアアアアアアッ!!



 青い光が、ゼリカを包み込んだ。



 車体が震える。空気が歪む。視界が歪む。世界が、ねじれる。



「次元の壁を――突き破るぞ!」



『了解しました、マスター!』



 光が、弾けた。



 ゼリカが――空間を切り裂く。青白い光が、峠を照らす。



 夜の峠が、消える。木々が、消える。

 視界が、真っ白に染まる。まるで、世界が反転したような感覚。



 そして――。

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