マジンカーZ!!

スクール先生

第1話 驚異の魔導車誕生!

 ――F県 油山。深夜2時。

 

 タービンの唸りが、闇を切り裂くように響いていた。

 

「よし……この区間、今日は攻め切るぞ!」

 

 俺――ヒロシは、ハンドルを握る手に力を込める。

 汗ばんだ手のひらに、ステアリングの革が深く食い込んだ。

 

 俺の愛車マシンは、黒い塗装が夜に溶け込むゼリカZZG。死んだじぃちゃんが改造に改造を重ねた、この世に一台しかない相棒だ。

 

 ギャァァァァァッ!!

 

 ブースト計の針が一気に跳ね上がる。圧縮された空気がタービンを回し、爆発的な加速が背中を押した。車体全体が路面に吸い付くように沈み込み、次のコーナーへ突っ込んでいく。

 

 

 油山の峠は、俺にとって『現実世界でのすべて』だった。

 

 大学も、恋愛も、将来も、どうでもいい。誰に怒られられようが、友達に呆れられようが、そんなことはどうでもいい。

 夜の山に響くエンジンの咆哮だけが、生きている実感だった。

 

 アクセルを踏み込んだときの圧力、コーナーを抜けたときの解放感――それだけが、俺を俺たらしめていた。

 

 ヘッドライトが山肌を照らし、ガードレールが流線となって流れていく。

 

 ギアを2速に叩き込み、アクセル全開。

 

「来いや……!」

 

 驚異的な速度で次のコーナーが迫る。俺は一瞬でブレーキングポイントを見定めた。

 ここで踏めば、完璧なラインで抜けられる。油山を何百回と走り込んだ身体が、そう告げていた。

 

 だがその時――。

 

 見たことのない光が、山道を照らした。

 

「……なんの光!?」

 

 思わず叫び、眉をひそめる。

 フロントガラスの向こうに広がるのは、青白い異様な輝きだった。

 巨大な光源が、木々の隙間から溢れ出し、山全体を包み込んでいく。

 

 そして次の瞬間――。

 ひときわ鋭い光が、一直線にフロントガラスを貫いた。

 

「うわっ!?」

 

 反射的にハンドルを切る。だが、道路が歪んだ。いや、違う。空が歪んだ。

 世界そのものが、ぐにゃりと捻じ曲がる。

 

 ブォォォォォン……!!

 

 ゼリカのエンジンが悲鳴を上げる。いや、違う。これは悲鳴じゃない。まるで吠えているような、獣のような音だ。

 

「おい、なんじゃこりゃあああああっ!?」

 

 俺は再度叫んだ。だが声は光に呑まれた。視界が白一色に染まり、身体が浮く感覚があった。

 

 そして――何もかもが、消えた。


 

 ◇


 

 ――荒野。

 

 頭を振りながら、俺はゆっくりと目を開けた。

 

「……っ、痛ぇ……」

 

 首を回すと、鈍い痛みが走る。シートベルトが肩に食い込んでいた。とりあえず生きている。それだけは確かだ。

 だが、外の景色が――おかしい。

 

「……ど、どこだここ……?」

 

 ドアを開けて、よろめきながら外に出た。足元がふらつく。地面は乾いた赤茶けた土で、見渡す限り何もない。

 

 いや、何もないわけじゃない。

 黒く焼け崩れた建造物の残骸が、墓標のように荒野に立っていた。

 白石の壁は欠け、金属の骨組みは歪み、透明な破片が夕日の光を反射してキラキラと光っていた。

 

 

「これ、マジ?」

 

 声が震える。喉が渇いて、うまく言葉が出ない。

 

 これは夢か? 事故って頭を打ったのか? それとも――。

 

 その時だった。地面が、揺れた。

 

 ドシン。ドシン。ドシン。

 

 規則正しい振動が、足の裏から伝わってくる。何かが、近づいている。何か、とてつもなく重いものが。

 

 俺は息を呑んで、音のする方向を見た。

 

 そこには――二足で歩く、巨大なロボットがいた。


 高さは、おそらく五メートル。人型ではあるが、どこか無機質で、感情の欠片も感じさせない。兵器と呼ぶしかない佇まいだった。

 灰色の装甲に覆われた身体。関節部からは、白い蒸気のようなものが噴き出している。

 そして頭部には、赤く光るセンサーアイ。


 それが――こちらを見ていた。


〈解析完了――対象:有機生命体〉


 機械的な声が響く。

 無線機越しのような、冷たく平坦な音声だ。


〈生存者確認。タスク開始〉

 

「は……?」

 

 意味が分からない。

 タスク? 何を言っている?


 次の瞬間、ロボットの腕が動いた。

 手首部分が展開し、その内側から砲身のような構造体がせり出してくる。


「いやいやいや!! なんなんだお前らぁ!?」


 思わず叫んだ。

 逃げなきゃいけない。頭では分かっているのに、足が震えて動かない。身体が、恐怖に縫い止められていた。


 砲身が淡く光る。

 キィィィン……という高周波音が響き、エネルギーが溜まっていくのがはっきり分かった。


 ――ヤバい。

 ――撃たれる。

 ――死ぬ。


 その瞬間だった。


 バオォォォォォッ!!


 横に停まっていたゼリカのエンジンが、突如として唸りを上げた。


「えっ……!?」


 振り返る。

 鍵は刺していない。それなのに、エンジンがかかっている。

 ヘッドライトが点灯し、ボンネットの隙間から白い蒸気が噴き上がった。


 そして――車体の下。


 地面に、青白い光の紋様が浮かび上がる。

 円と直線が幾重にも組み合わさった、幾何学的な模様。

 まるで、巨大な魔法陣だ。


「な、なんだこれ……!?」


 光が強まる。

 次の瞬間、何かが脳内へと一気に流れ込んできた。


 痛みはない。

 ただ、『知識』だけが、強引に刻み込まれていく。

 

 ――この世界の『魂』が、ゼリカとヒロシを受け入れた。

 

 ――ゼリカは魔導機構――律動核リズムコアを獲得。

 

 ――魔力で駆動する、世界唯一の高性能『魔導自動車』となった。

 

 ――この世界は現在、マシンデウスという金属生命体に支配されている。

 

 ――人類は追い詰められ、滅亡寸前。

 

 

「は、はぁ!? 俺のゼリカが……魔導車に!?」

 

 思わず声が裏返る。

 理解できない? いや、理解はできた。頭の中に情報がすべて叩き込まれたんだから。でも、納得できるわけがない。

 

 ロボット――いや、マシンデウスが一歩踏み出した。砲身に集まった光が、限界まで膨れ上がる。

 

「くそっ……!」

 

 俺は震える足を叱咤し、ゼリカへと駆け寄った。ドアを開け、運転席に飛び乗る。

 ハンドルを握る手に、嫌な汗が滲んだ。

 

「頼むぞ……相棒!!」

 

 アクセルを、踏み抜いた。

 

 ギャアアアアアアアッ!!

 

 エンジンが吠えた。

 いや、これはもうエンジン音じゃない。何か別の、もっと不可思議な力が、車体そのものを包み込んでいる。


 タイヤが空転し、地面を削って火花が散った。


 そして――発進。


 身体が後ろへと叩きつけられる。今までに感じたことのない加速。まるでロケットにでも乗ったかのような、圧倒的な推進力だ。


 ゼリカは青白い光の尾を引きながら、一直線にマシンデウスへと突っ込んだ。

 

 ガギィィィィンッ!!

 

 金属と金属が激突する音――いや、違う。これは金属を『砕く』音だ。

 

 マシンデウスの装甲が割れ、無数の火花が散る。

 五メートルの巨体が、ゼリカの突進を受けて宙を舞い、地面を転がって土煙を上げた。

 

〈警告:未知の戦闘力……解析不能……〉

〈対象を……『危険度S』に分類……〉

 

 赤く輝いていたセンサーアイが、ゆっくりと光を失っていく。


 俺はハンドルを握ったまま、自然と笑っていた。


「……フッ。たとえ知らん世界だろうが――」


 再びアクセルを踏み込む。

 エンジンが、応えるように低く唸った。


「ここでも俺は、アクセル全開だ」


 こうして――。


 油山最速の男と黒いゼリカは、滅びゆく世界へと、走り出した。

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