第三章|事例03:一致した証言
事例番号
03-C/2024年2月
発生場所
地方都市・市民文化センター
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本件は、同一施設を利用していた三名が、
「同じ人物を見た」「同じ言葉を聞いた」と証言したことから、
怪異事案として相談を受けたものである。
三名はいずれも互いに面識がなく、
利用時間帯も微妙にずれていた。
この点が、
「偶然の一致ではないのではないか」という疑念を
強めたようだった。
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証言者の背景
証言者Aは、
市民文化センター内の会議室を定期的に利用している
自営業の男性だった。
仕事柄、夜遅くまで施設に残ることが多く、
閉館間際の時間帯にも慣れていた。
「誰かがいてもおかしくない場所」
そう認識していたと述べている。
証言者Bは、
趣味のサークル活動で施設を訪れていた女性で、
その日は初参加だった。
館内の構造に詳しくなく、
どこまでが利用可能区域なのか把握できていなかった。
「職員の人だと思った」と語っている。
証言者Cは、
仕事帰りにホールの下見をしていた
会社員の男性だった。
時間に余裕がなく、
次の予定を気にしながら歩いていたという。
「声をかけられたから立ち止まった」
それが、体験の始まりだった。
三名とも、生活背景も、施設の利用目的も異なっている。
共通しているのは、いずれも疲労を感じていた時間帯であり、
注意が内向きになりやすい状況だった点だ。
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証言記録
証言者A
「廊下の奥に、人が立っていました。
こちらを見て、
『まだです』と言った気がします」
証言者B
「誰かがいると思って避けようとしたら、
同じ場所に人影があって、
『まだです』って言われた気がしました」
証言者C
「声がしたので振り向いたら、
人が立っていて、
『まだです』と言われました」
三名とも、
発言の細部には違いがある。
立ち位置、距離感、
人影の輪郭。
だが、
「廊下の奥」「人影」「まだです」という点で、
証言は一致していた。
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「まだです」という言葉について
私は、
三名それぞれに同じ質問をした。
なぜ、その言葉が印象に残ったのか。
証言者Aは、
少し考えてから首を横に振った。
「よくわかりません。
もっと別の言葉でもよかったはずなのに」
証言者Bは、
「注意された感じがしたからかもしれません」
と答えたが、
その理由を深掘りすると言葉が途切れた。
「ただ、その言い方が妙に残っていて……」
証言者Cは、
「待たされている気分になった」
と表現した。
だが、
何を待たされているのかについては
説明できなかった。
三名とも、
「なぜその言葉だったのか」を
明確には説明できていない。
言葉の意味ではなく、
言葉の存在そのものが
記憶に残っているようだった。
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追加聞き取りと環境要因
個別に聞き取りを行った結果、
三名はいずれも、
当該施設について
以前から奇妙な噂があることを知っていた。
閉館後も人が残っている。
声をかけられた人がいる。
情報の取得時期はばらばらだが、
いずれも事例発生以前である。
この点は無視できない。
また、
当該廊下は照明が暗く、
奥行き感覚を誤りやすい構造になっている。
音が反響しやすく、
遠くの声が近くから聞こえることもある。
施設管理者への確認により、
当該時間帯に巡回していた職員が存在し、
来館者に対して
「まだです」
「少しお待ちください」
と声をかける場面が
実際にあったことも確認された。
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所見
人の記憶は、
出来事の直後ではなく、
「思い出すたびに」書き換えられる。
事前に共有された情報や噂は、
記憶の輪郭を揃える方向に作用する。
本件における証言の一致も、
その影響を受けた可能性が高い。
職員の声、
反響、
暗がりの人影。
それぞれが別の体験であっても、
後から似通った形に整えられることは珍しくない。
ただし、一つだけ説明しきれない点がある。
なぜ、「まだです」という言葉が
選ばれたのか。
業務上、職員が発する言葉として不自然ではない。
意味も通る。
状況にも合っている。
それでも、
他の言葉ではなく、
この一語が三名の記憶に残った理由を、
私は完全には説明できない。
だが、
説明しきれない点が残ることと、
怪異を想定することは別問題だ。
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結論
複数人の証言が一致していること自体は、
異常を意味しない。
事前情報、環境条件、
人間の認知特性を考慮すれば、
本事例は合理的に説明可能である。
以上より、
本件に怪異性は認められない。
説明を終えたあと、
相談者はしばらく無言だった。
納得した様子ではなかったが、
反論もなかった。
私は、それ以上の説明を行っていない。
理解と納得は別の問題だからだ。
そして、理解できない言葉が記憶に残ること自体は、
異常ではない。
異常ではないが、
完全に整理できたとも言い切れない。
その点について、
私は結論を保留しない。
結論はすでに出ている。
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