給付金目当てで始めた林業シミュレーターが、気づけば俺を山に連れ出していた件

@tomoibito

第1話

プロローグ


土曜の朝。

目覚ましをセットしていないのに、

いつもの時間に目が覚めた。


布団の中はまだ温かいのに、

胸の奥だけが、やたら寒い。


“今日、起きても、

別にやること無いんだよな。”


俺は50代、独身。

派遣として働き、そこそこの給料で、

そこそこの生活をしている。


仕事は嫌いじゃない。

けれど責任もやりがいも薄い単純作業で、

俺じゃなくても誰でもできる。


それでも平日は、まだ良い。

「社会」という薄い膜に、

ぎりぎり触れていられるからだ。


問題は――

休みの日。


布団から出ないまま、

スマホをぼんやり眺める。


誰とも会わず、

誰にも連絡せず、

気づけば夜になっている日も多い。


最近は、

人生そのものが、

だんだん無色透明になっていく気がしていた。


そんな俺の画面に、

また例の広告が出た。


「林業体験シミュレーター」


政府の就労支援プログラム。

クリアすると給付金が増えるらしい。


ふざけた話かと思ったが、

調べると、どうやら本気で作られた

国策ソフトらしい。


全国の山林データをスキャンし、

本物の地形を使った

“職業理解支援”。


プレイデータが林業の実務アプリに送られ、

試算に使われるとか、なんとか。


「……税金、

こんなところに使っていいのか?」


そう思いながらも、

派遣の俺は、

給付金の誘惑に勝てなかった。


こうして俺は、

休日を、このシミュレーターに

使うことにした。


1章 林業シミュレーターの世界


ゲームを起動すると、

そこには

“よく知っているはずなのに、

どこか美化された日本の山”

が広がっていた。


杉林の匂いがした気がした。

枝の揺れる音まで、再現されている。


そして遠くで、

エンジンの低い音。


「……すげぇな」


チュートリアルが始まる。


《ようこそ。林業の基本作業を学びましょう》

《まずは枝払いです。

事故防止のため、指示に従ってください》


俺は言われるまま、

木に近づき、枝を落とす。


視点が揺れる。

木屑が散る。


作業のテンポは、

妙にリアルだった。


次に搬出。

木を運ぶルートは決まっていて、

少しでも角度を間違えると、

効率が落ちる。


いかにも

“役所が作ったマニュアル通りのゲーム”

って感じだが、

これはこれで悪くない。


プレイヤー達は、

みんな黙々と作業していた。


声はかけない。

チャットもしない。


だが、見れば分かる。


“あ、

俺と同じ属性の人間が多そうだな”と。


同年代の背中が多い。

孤独な気配が、漂っている。


けれど、

どこか安心した。


「……みんな、

生活のために来てるんだろうな」


俺は、

コツコツやる作業は得意だ。


だからこの世界に、

すんなり馴染んだ。


そしてふと、

林道の入口で、

足が止まった。


古い軽トラ。

小さなショベルカー。


NPCの作業員が、

山道を削りながら、進んでいる。


だが、その速度が、

とんでもなく遅い。


「……遅すぎるだろ、これ」


思わず言ってしまったあと、

自己嫌悪がきた。


NPCにイライラしてどうする。

これは、ただのプログラムだ。


……そう思ったのに、

なぜか、

目が離せなかった。


2章 現実とのリンク


その週の夜。


仕事から帰り、

いつものように

動画サイトをぼんやり眺めていると――


「軽トラと小型ユンボで

山に林道を作ってみた」


そんなタイトルが、

目に飛び込んできた。


再生数は、多くない。

ただの地方の、

個人チャンネルだ。


なのに――

映る斜面は……


ゲームで見た場所と、

あまりにも似ていた。


動画の中では、

男が、たったひとりで

山を切り拓いている。


軽トラをバックさせ、

丸太を整理し、

またショベルで地面をならす。


同じ動きを、

何度も、何度も繰り返す。


その作業の精度。

動き。

土の落ち方。


どれも、

ゲームのNPCと一致していた。


「……本当に……?」


胸が、ざわついた。


ネットで

“NPCは現実の作業者データを

AI補完しているらしい”

という噂を聞いたことがある。


都市伝説だと思っていたが――


ここまで一致していると、

笑えない。


NPCだと思っていた人物は、

この男の作業を元に作られた

存在だったのかもしれない。


そう思った瞬間、

なぜか、

涙がこぼれた。


自分でも、驚いた。


“こんなにも、

人の努力に弱いのか、俺は。”


ゲームで「遅い」と感じた

あの動きは、

現実では、命がけの作業だった。


汗も。

泥も。

孤独も。


全部、本物だった。


俺はずっと、

「誰にも見られず、

ただ働くだけの人生の虚しさ」を、

心の奥で、恐れていた。


だからこそ――


たったひとりで

山を拓き続けるその背中に、

心が揺れたんだと思う。


3章 道を拓く男に会いにいく


そして迎えた、

一週間ぶりの休日。


まだ陽が昇りきらない、

薄暗い時間。


俺は玄関で靴を履きながら、

深呼吸した。


「……行こう」


なぜ会いたいのか、

理由なんて分からない。


だけど、

行かなきゃいけない気がした。


ゲームの中で見たNPC。

現実で道を作っている、

“あの男”。


その背中に、

俺は、

救われた気がしたからだ。


そして、思った。


もしかしたら――

俺の人生も、

まだどこかで、

道を作れるのかもしれない、と。


そう願いながら、

俺は、

早朝の冷たい空気の中へ

踏み出した。

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