第6話 冒険者たちの思い

 食事と洗い物を終えた俺たちは、お茶を飲みながらまったりしていた。


 あれだけ飲んだのに、レンはほろ酔いといった感じだ。こいつが泥酔してるところは見たことがない。




「レン、攻略はどんな感じなんだ?」


「19階はだいぶマッピングできたと思います。そろそろ20階への階段も見つかると思いますよ」




 ダンジョンは下の階に行くほど広くなっていく。


 レンのいる地下19階付近だと端から端まで数日かかる。


 また魔物と戦いながらの探索になるために、マッピング作業は遅々として進まない。


 地下20階のボスを倒すのはいつになることやら。




「21階のポータルが使えるようになれば、お前達も楽になるんだろうな」


「まったくですよ。19階まで行くのに早くても七日はかかるんですから。さっさと21階のポータルを開放したいです」




 眩しい。


 まだまだ先に進もうとしているレンの顔は、まさしく冒険している者の顔だ。


 今の俺には直視しづらいほどに。




「? どうしましたゆーさん?」


「いや、文句言う割には楽しそうだなと」


「そうですね。楽な仕事ではないですが、この仕事は天職だと思ってます」




 レンであれば・・いや、ほかの冒険者もきっとそうだろう。一日ごとに僅かずつでも先に進む。


 動機は金でも名誉でもいい。彼らは冒険をしている。


 だが俺は停滞を続ける。つまらない意地を張り、日銭を稼ぐだけの日々。


 レンにだって何度も一緒に行こうと誘われたが、俺は断り続けた。


 自分で選んだ結果だ。後悔してはいけない。


 それでも限界の日は一日ずつ迫ってきている。




「・・ゆーさん。変なこと考えてないですよね?」


「何がだ?」




 俺の表情でも読んだのか、レンがそんなことを言ってくる。




「引退・・とか」


「・・・・」




 長い付き合いだ。俺がそんなことを考えているのも、薄々気づいていたのかもしれない。


 俺はぬるくなったお茶を一気に飲み干す。




「そうだな。そろそろ限界だとは思ってた」


「だめだ!」




 正直な気持ちを告げるが、予想外に強い反応が返ってきた。


 ダメと言われても、現実は厳しいんだが・・




「これは僕だけじゃない。『ファースト』に挑んでいる多くの冒険者も同じ気持ちだ。ゆーさんはこれまで僕を含めて多くの冒険者の面倒を見てくれた。新人の面倒を見たり、ダンジョン内で魔物に襲われているところを助けてくれたり、深い知識でたくさんのアドバイスをしてくれたりと、多くの冒険者がお世話になった」




 ・・確かにそういった人たちに手を貸してきたのは事実だ。


 地下5階までは初級者からそれに毛が生えた程度の奴らが多い。


 なので油断して魔物に襲われてる連中や、収集素材の見分けがつかない連中などなど、見つけたら助けるようにしてきた。




「その誰もが、ゆーさんのようにありたいと思っているんだ」


「何をバカな・・こんなうだつの上がらない、つまらない意地を張っているだけの人間を――」


「意地を張り続けられる人間がどれだけいますか? 多くの人は夢と現実を天秤にかけたら、現実を選んでしまうんです。つらい道よりも楽な道へと流されるんです。ゆーさんはたまに5階のボスにソロで挑む冒険者を見ませんか?」




 確かに見かける。毎回違う奴だが月に数回は見る。


 幸いなことにみんな敵わないと見るや、即時撤退をするので安心ではあるが。




「みんな冒険者には多かれ少なかれ夢を持ってなります。そして物語のように、ソロでかっこよく敵を倒すことに憧れます。しかし現実では5階のボスさえ倒せない。なので彼らはあきらめてパーティーを組んで先に進むんです。そんな彼らや僕にとって、10年以上ソロでいることを諦めずボスに挑み続けている、同時に若手たちの手助けもするゆーさんは、諦めた夢や憧れそのものなんです」


「・・・・」




 まさか自分がそんな風に思われているなんて思いもしなかった。


 てっきり『10年以上5階にいるイカレたおっさん』が俺に対する認識だと考えていた。




「ゆーさんがボスに挑むときにみんなが応援しに行くのは、自分たちが見た夢を、ゆーさんが意地を貫いてボスを倒す瞬間を見たいからなんです」




 うれしくて・・重い話だ。


 その期待に応えるには、俺はまだ足らない。


 頑張りたいと思うが、俺の背後には現実という壁が迫ってきている。




「・・ちょっと酔いが回ったみたいですね。熱くなりすぎました。今日はもう帰ります。」




 俺が言葉を返せないでいると、レンがそう言って立ち上がった。




「タクシー呼ぶか?」


「酔い覚ましに歩いて帰ります。今日はごちそうさまでした」




 レンは荷物を持って玄関を出ていく。


 足元はふらついていないので大丈夫だろう。


 残された俺はレンの言葉を思い返し、リビングの壁に飾っておいた剣を取る。


 鞘から抜いた剣は使い込まれて引退したが、捨てる気にはなれずに磨いて飾っておいた。


 冒険者資格を取った時にもらったショートソードだ。


 あの頃の俺は今の俺になんて言うだろうか?


 答えのない問いは、見つめつづける刀身に吸い込まれていくようだった。

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