転生家庭教師ヴィオラの指導歴 : 演技は最強の処世術 ~頭が悪い令嬢の逆転劇~

ふもふ もふ

前編 転生家庭教師ヴィオラ

元・宮廷付きのエリート家庭教師。


彼女はヴィオラ・グレイシャス (年齢:アラサー)

前世の彼女の趣味は悪役令嬢のライトノベルやサイトの小説をめちゃくちゃ読むことだった。その知識は貴族社会で生きる上でヴィオラにとって随分と役に立った。


そして、ある日貴族令嬢として生きる中で、ヴィオラは悟った。


『いないなら、育てあげますわ、悪役令嬢』


現在は“問題児専門の家庭教師”として王都を放浪中。


どんな不出来なお嬢様も彼女は「品のある悪役令嬢」に仕立てあげる。

座右の銘:“演技”は最強の処世術


今回の依頼先である生徒との初対面。


王都の一等地にある『王都貴婦人手工芸会(レディ・クラフト・サロン)』の会員専用控え室。伯爵家の長女・ミリアは、目の前のエレガントな女性に恐縮しきっていた。


「お話はすべて伺いましたわ。妹様に手柄を奪われてお困りとのこと――ざまぁ案件ですね!」

「ざ、ざまぁ……?」


ミリアは瞬きを繰り返す。聞いたことのない強烈な単語に、頭の回転が遅いミリアの思考は完全に停止した。


「うおっほん! 失礼いたしました」


扇子で口元を隠し、女性は優雅に姿勢を正す。元王宮家庭教師のヴィオラ・グレイシャスだ。


「改めまして、元宮廷付き家庭教師ヴィオラ・グレイシャス。わたくしが、妹様への逆転劇を全力でお手伝いさせていただきます」

ヴィオラはミリアの純粋な瞳を真っ直ぐに見つめた。

「ぎゃ、逆転劇…?あ、あの私そんなつもりではなくて…」

「あら、では、妹さんに大切な作品を奪われたままでもよいのかしら?」

「…!?」


その言葉にグッと何かを堪えるようにミリアは噛み締める。


それは数日前、同じ控え室での出来事だった。


ミリアは、いつものように妹ルチアに呼び出されていた。


「だーかーら! お姉様みたいに頭が弱い人が出ても恥をかくだけよ? 私が代わりに出してあげるって言ってるの」


伯爵家の次女・ルチアは、ミリアの手から淡い花柄のレースポーチをひったくる。

王都貴婦人手工芸会――王国随一の権威を誇る祭典の出品作だ。

大賞を取れば、王宮専属技術者への道が開かれる。

貴族令嬢にとって、名誉も将来も一変する夢の舞台だった。


「……でも、ルチア。それは今度のコンテストに……」

「安心して。私が“手直し”してあげるから」


その言葉を信じて渡した作品は、いつの間にかすべて「ルチアの功績」として世に出ていた。

事前実績を作るため、姉の作品を奪い、自分のものとして公表する――それが、いつものやり方だった。

ミリアが「あれ?」と思っている間に、すべてが終わっている。

その後に、必死に訴えても信じてもらえず、逆に妹のものを奪ったと冷笑される。疲れ果て、いつも諦めるしかなかった。


「お父様も言っていたでしょう? お姉様にはガルド様という婚約者がいるんだから、これ以上目立たなくていいって」


その名を出した瞬間、ルチアの瞳に昏い嫉妬が宿る。

ガルド・アイアンサイド――平民出身の近衛騎士。

彼は、ルチアが密かに想いを寄せる相手だった。


「本当に不公平。お姉様みたいな能無しに、なぜガルド様が…」

「……ルチア?」

「説明できないなら、これは私のものよ」


それに、とルチアの口元が意地悪く歪む。


「今さら誰が信じるの?もう、全て私のものなのに」


ミリアは何も言えず、部屋を飛び出した。

(また……わたしの作品、ルチアのものになるの……?)

心を込めて作った時間は、もう戻らない。

もっと上手く説明できていたら――

そう思いながら、ミリアは涙を拭って走り去った。


その後、悲しみに沈むミリアに見かねた婚約者のガルドが手を差し伸べた。


「俺も口は上手くない。だから、最強の助っ人を呼んだ。俺を信じて、その人に会ってくれないか」


遠方の領地にルチアが帰省している間に、こっそり屋敷に呼ばれたのは元王宮家庭教師ヴィオラ・グレイシャスだった。


そして、冒頭に戻る。


涙を浮かべるミリアの横には、ガルドが立っている。彼は溜め息をつき、優しくミリアの背中をさする。そして、ヴィオラに向かって重々しく言う。


「ミリアは、才能を奪われ続けるのはもう嫌だと泣いていた。だから、どうか力になってもらえないだろうか」


ヴィオラは不敵に応えるように笑う。


「えぇ、妹様に打ち勝つための演出や演技は指導いたします。わかりやすく悪役令嬢と言いましょうか」

「悪役…?演技ですか…?」

「えぇ、そうです。なりたい自分を演出すること、それがわたくしの教育方針ですの」


今度は鋭い視線をミリアに向けた。


「さて、ミリア様。貴方はどうなりたいのです? 」

「どう、とは…?」

「妹様に奪われたら泣いて逃げて、一生を終えるのですか?」


ミリアは首をすくめる。


「だって……わたしには無理なのです…」

「無理でも泣いても、やらなければいけません。今、奪い返さなければ地位も名誉も取り戻す機会を失うのです」


妹様から奪い返すお手伝い致します、と上品にしかしその言葉には自信が満ち溢れていた。


「…ヴィオラ先生は、優秀ですから。わたしの気持ちなんてわからないのですわ」

「えぇ、私は貴女ではないから完璧に貴女の気持ちはわかりません。それは認めます」


ヴィオラは扇子を閉じ、ミリアの瞳を真っ直ぐに見つめた。


「その優秀な私が、貴女は宝石の原石だと言っているのです」

「……! 原石……?」

「磨けば貴女は必ず輝きます」


静かに真摯に、言葉をなぞる。

彼女は魅せ方が悪かっただけ。

正しく演出すれば、必ず宝石として輝く。


「そんな、わたしなんて…」

「その自分を乏しめる言葉は、ガルド様に失礼ですわよ。貴女の為に、頭を下げてわたくしに依頼してくださったのですよ」

ハッとしたようにミリアはガルドの方を向く。優しげに笑いながらガルドはうなづいた。

「ガルド様…」

「原石がそのまま石ころになるなんて、もったいないではありませんか。それに」


ヴィオラがふっと口元を緩ませ、まなじりを下げる。ミリアを慈しむ笑みと柔らかい声で


「信じてくれた、愛しい人の為にも一緒に頑張ってみませんか」


ミリアの瞳から、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。悔し涙ではない。初めて認められた嬉し涙に、ヴィオラは勝ちを確信した。


光属性には復讐ではなく、

愛する人のために頑張るという健気な乙女心を刺激するに限る。

これは前世の読書経験が証明している――


「わたしに、できますか…?」

「私を誰だと思っているのです?


すっと背筋を伸ばし、毅然とした淑女にミリアは息を呑む。


「元王宮家庭教師ヴィオラ・グレイシャス。王族に認められ、全ては王からの期待に応えるため。その指導を許された私は、無責任な言葉を口にしません」

「ヴィオラ先生…!」

「無意識に自分を卑下することは、私が許しません」


ヴィオラはニヤリと笑うと、ミリアの耳元で囁いた。


「よろしいですか。もし困ったら……こう言えばいいのです」

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