第1話 出席番号ゼロ③

午前の授業は、だるさと眠気との戦いで終わった。


 チャイムが鳴って教室から人が吐き出されると、廊下は一気に騒がしくなる。

 購買のパンを目指して猛ダッシュするやつ。

 廊下で世界名簿アプリを開いて、隣のクラスの情報を覗き見しているやつ。


 音矢は一人、屋上に向かう階段を上っていた。


 途中、放送室の前を通りかかる。

 扉は閉まっているが、中から機械音声が漏れていた。


『——出席番号、一番。青田』

『——二番。赤星』


 自動点呼システムのテストらしい。

 世界名簿と連動して、クラス全員の名前を読み上げる機能だ。


『——三番。天野』


 機械音声は、感情も抑揚もなく淡々と名前を呼んでいく。

 さっきのHRを、そのまま無表情なスピーカーに置き換えたみたいな声だ。


 音矢は足を止めて、ドアの前で立ち止まった。

 扉の向こうのリズムが、さっきの教室と同じだからだ。


『——二十五番。夏目音矢』


 自分の名前が、機械音声で読み上げられる。

 それだけのことなのに、背中がぞわりとした。


 続くはずの番号を、音矢は無意識に頭の中でなぞる。


 二十六番、成瀬。

 二十七番——。


『——出席番号ゼロ、な——』


 ノイズが混じった。


 聞き慣れた数字の列に、いきなり異物が滑り込んでくる。

 ゼロ、という言葉と、「な」で始まる何か。

 そこで音声はぷつりと途切れた。


「……え?」


 思わずドアノブに手をかける。

 中から、慌てたような大人の声が聞こえてきた。


「止め止め! いまのログ消しとけ!」

「すみません、番号のテーブルが……」

「ゼロ番なんて番号は、本来存在しないだろ! テスト用のダミー外し忘れるな!」


 バタバタと椅子の音がする。

 音矢は、手をかけたドアノブからそっと手を離した。


 たぶん、ただのシステムトラブルだ。

 ゼロなんて番号は、本来存在しない。

 知識としては、それで終わる話だ。


 それでも、胸の奥のざらつきは消えなかった。


 数時間前にモニターに浮かんだ見えない一行。

 いま、機械が読み上げかけた「出席番号ゼロ」と、「な」で始まる何か。


 ——つながってる気がする。


 そう思った瞬間、自分で自分にツッコミを入れる。

 いやいや、陰謀論は早い。

 テスト用のダミーデータくらい、どこにだってある。


 音矢は、頭を振って階段を上った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る