2:私の愛した藍色の壺-藍色の壺の精霊-
:私の愛した藍色の壺-藍色の壺の精霊-
私はエグゼクト。人には、少しばかり神経質といわれる、痩せぎすの没落貴族だ。
私の古い館には、使用人も少なく、館の手入れも行き届かない有様だ。私自身も倹約を余儀なくされている。
そんな私にも幸せはある。骨董品のお気に入りの異国の藍色の壺だ。美しい曲線を描いた文様が、私を魅了して、手放す事を許さない。私は、こよなくこの壺を愛した。
…しかし、ある朝、気付くと私の部屋から、この藍色の壺が無くなっていた。使用人たちにも問いただしたが、皆一様に、分からないという。
私は、各部屋を、倉を、館の隅々までを、探したが、藍色の壺は見つからなかった。私は途方に、そして悲嘆に暮れた。
次の日、客が来たという。見知らぬ女性で、名も名乗らないので、追い返しますかと使用人に聞かれるが、私は一応会う事にした。何か手掛かりになる予感がしたのだ。
応接室で待っていたのは、壺と同じ文様入りの、藍色をした異国の着物を着た女性だった。その艶やかな黒髪は腰まで届き、眼は蒼く、鼻筋はすっきりしており、形のいい口元には僅かに笑みを浮かべている。
その女性は私を蒼い瞳で見つめていて、応接室で、私が対面の席に着くと、こう告げた。
「占いで、この館の主が、探し物をしているという卦がでたんです。私でよければお力になります」
…しかし、私には何故だか分かってしまった。いや、私の眼は節穴ではないというべきか。この女(ひと)は、私が無くした壺そのものだと。外見ではなく、その独特の雰囲気が私にそう感じさせた。
…なので私はこう言った。回りくどくなく、直球でだ。
「そういうあなたが、私の探し物なのではないのかな?」
その女性はにっこりとそれは嬉しそうに微笑んで、あっさりこれを肯定する。
「はい。その通りです。私は、貴方の想いで出来た、壺の精霊なんです。本当ですよ?」
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彼女、藍色の壺の精霊は、自らを「レイア」と名乗った。自分を作った陶匠の娘の名なのだという。
彼女はそれから、ここで働くようになった。優雅に紅茶を入れてくれたり、綺麗に館を掃除してくれたり、時には、異国の料理の腕を振るってくれた。
私は、彼女にたずねた。
「どうして、私にこんなに親切にしてくれるのかな?」
「貴方が、それだけ私を愛でてくださっていたからですよ」
彼女は、壺の精霊だと言っていたが、私は、そうでなくとも彼女を愛おしく思うようになった。あるとき、私は彼女を抱きしめて、言った。
「レイア。あなたが何であろうと構わない。私と一緒になってくれないか」
レイアの返答は、少し寂し気なものだった。
「嬉しいです。私は、貴方の愛で出来ていますから。でも、同時に壺の精霊でもあります。人間として抱かれるようには出来ていません。私は、壺の姿に戻ります。また壺として、愛でて頂けますよね?」
そう言って、彼女はひとしずくの涙を流すと、白煙と共に藍色の、異国の紋様入りの壺に戻った。彼女を抱きしめていた私は、その本来の姿ともいえる藍色の壺を、取り落とさないのがやっとだった。
…その後も私は毎日のように、その藍色の壺を愛で続けた。またいつか、美しい女性の姿の壺の精霊「レイア」になってくれないものかと、密かな淡い気持ちを持ち続けて…。
(了)
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