時のベクトル

野鳥倶楽部

時のベクトル

木々の間を抜けて

見渡すような花畑が広がった時

僕は感嘆の声を上げ

心奪われて目を見張るのみ

西日を受けて黄金に輝く花々

この世界の彩りに

僕は心をぎゅっと掴まれた


ふと隙間風が通ったように

僕は帰りの電車が気になった

腕時計を確認し安心を得て

改めて花畑へ目を向けたが

最早この光景は僕を圧倒せず

花々と僕との間には

見えない柵ができていた


花の見頃はあと半月

ひと月もすればここは草原と化し

高くなった空からの秋風は

名残の花を震わせるのだ

僕はと言えば

ビルディングの一室の事務机に俯いて

同じ時間軸上にあるはずのこの場所を

心の隅に置き忘れていることだろう

目の前の花々は

すでに僕から遠退いている


此処ではただひたすらに

咲き誇る花に夢中でいたいというのに

僕はなぜこうも急いているのだろう

花畑の魔法使いが

僕が再びこの光景の一部に

自らを馴染ませることができるよう

手折っても永遠に萎れぬ

完璧な美しき花を与えてくれたとしても

僕はやはり一時の満足しか得られないだろう


それは僕がこの素晴らしき瞬間に

留まってはおれないからだ

大円満の物語のように

幸福な瞬間で終わることはできない

時のベクトルが示す先へと

進み続けるその一本道で

心満たされる瞬間に

数多出会えることをせめても信じ

僕は肩越しに花畑へと名残を惜しんだ



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時のベクトル 野鳥倶楽部 @sirobun

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