『光の底』<2部>第二章九条Side:IRIS OUT

@manitoru

◆ episode1.

はじめてクラブで会った夜を思い出す。


低音が腹の底に沈む感じだけが、

やけに鮮明に残ってる。


同じ種類の光。

同じ種類の人。

同じ種類の、どうでもいい会話。


なのに、あの夜だけ、

空気の密度が違った。


朔が口を開いた瞬間だ。


「九条、紹介したい子。」


その言い方が、もう合図だった。


朔は“紹介”なんて言葉を、

軽く使わない。


使うときはだいたい、

何かを動かしたい時だ。


視線を上げる。

朔の隣に、あいつがいた。


派手じゃない。

目立たない。

でも、そこだけ妙に静かだった。

周りの音が一段だけ下がったみたいに。


朔が続ける。


「いい子だよ。」


——笑いそうになった。


朔がいい子なんて連れてくるわけがない。

そもそも、

この場所に“いい子”は連れてこない。


連れてくるとしたら、

守るか、壊すか、どっちかの対象だ。


いい子。


その言葉は、朔の口から出た時点で裏返る。


頭の中で翻訳が終わる。


(試せ、だ)


言葉にすると安い。

でも、あの声の温度がそう言ってた。

試してみろ。

お前ならわかる。

壊すか、壊されるか、確かめろ。


あいつは俺を見た。

媚びも緊張もない。

“無風”のまま、そこにいる。


こっちを見てるのか、見てないのか、

判別がつかない。


視線が刺さらないのに、

体の奥だけが勝手に反応する。

それが一番タチが悪い。


俺はグラスを傾けて、間を置いた。

間を置くのは癖だ。

相手の呼吸が先に乱れるかどうかを見る。


乱れない。


だから余計に、わかった。


朔が長年かけても、

まだ答えを出せてない理由。

あいつがここに立ってる理由。


そして、朔が

「いい子」なんて言った理由。


俺は短く笑って、乾いた音だけ落とした。


「ふうん」


その一音で十分だった。

会話の形は要らない。

必要なのは、反応の輪郭だけ。


朔の肩に指先を軽く置く。

ポン。


言葉は交わさない。

交わさなくても通じる。

通じるのが、いちばん面倒で、いちばん正確だ。


あいつはまだ、何も知らない顔をしていた。

知らないまま、もう輪の中にいる。


……試す。


そう決めた瞬間から、もう半分は揺れてた。


そのことだけは、認めないまま。

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