雪と星々の散る街で

Wall Gatsby

雪と星々の散る街で

つらい、死にたい。そんな考えが頭をよぎったときだった。

男が聞いた。私に向けて、質問した。

「何でさっきから、たった独りでそこにいるんだ?」

振り向きざまに、私の脳みそを貫くような鋭さで、部屋に声が響く。背中を当てている壁に向かって正面から音がして、私の注意を引く。壁に当たってその声の半分は、隣の部屋の住人に聞こえてしまっていた。

それに対する返事はなかった。というか、隣人に向けられた質問なのか、私に向けられた質問なのか、その判断すら私は保留していた。

あまりに多くの複雑なことに対してまで、物事の判断を先延ばしにすると、自分が何者か、ここに生きていていいのか、死ぬならどうやって死ぬのか、分らなくなる。そして心のままにしていればいいと思うようになる。ただ、心のままというのはどういったことなのか、ということにも決断が求められなくなる。困るだけである。


そこは12畳ほどの正方形の部屋だった。私の正面には白い壁と、木目を模したフローリングと、天井しかなかった。

右手の窓から昼間の光が射していた。しかし季節は冬で、空気に温もりは無かった。

何でだろう。ここにいるのはどうしてだ?

質問に対する答えを探す義務はない。しかしその男のせいで思考に乱れが生じる。

勉強をする必要がある。偏差値は嫌いだ。そういう基準で物事を判断する連中には虫唾が走る。

何かをしないといけない。しかし思っているだけで、何もしていない。妄想に冒された私は、宇宙人やCIAに狙われていた。特に有用な考えが浮かばない。なぜだろう。疑問は膨らむが、答えは出ない。

健常な生活がしたい。夢があった。暖かい夕日に照らされている自分。何かを達成したこと。人に認められることを恐れる自分。「殺すぞ」と思った。思ったのは誰だ? 殺すって何を?


自分はイエス・キリストなのかもしれない。この部屋で、救出されるのを待っていればいいんだろう? ネットで「イエス・キリスト 救出」と調べる。そういうことは出来る。アダルトビデオも見ることが出来る。性欲を処理して、自己嫌悪に浸ることもある。将来に思いをを巡らすこともある。ただ、何かが違う。その違いを上手く言語化できない。ただ、世間の人のようにはなりたくなかった。しかし、地球人の考え方、あり方に対して判断を保留しているから、何も出来ない。少なくとも呼吸はしている。時間も経過する。頭の中に言葉もよぎる。


他者の存在(隣の部屋の人と、上の部屋の人)がやけに気になる。彼らは私の心の内に暮らしている。やめてくれ。俺はジェイ・ギャッツビーのように意味もなく殺されたくない。そう、あれは暗喩なのだ。自分の心を耕し、人を呼び、分け与え、朽ちる運命の夢を信じ、そして志半ばで殺される。自殺だ。だが世間の多くの人間には彼の気持ちが分らない。分かるんだが、知ろうとしない。そう、そんなときだった。私がその夢を見たのは。


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その地には川が流れていた。

背の高さほどのススキが生い茂り、その地帯を覆っていた。

誰もその川の周辺には、近づいていこうとしなかった。しかし私のみが、例外だった。


そこでは私は漁師だった。

いつも通り長靴を履いていた。ゴム製のその靴は、爪先の周りが金属で覆われていて、安全に作業ができる。足首が曲がりづらいためすこし歩きづらいが、その靴は私にとってささやかなお気に入りだった。


何があってもあの女を仕留める必要がある。

未だかつて人を殺したことはない。

しかし、だからといって人でないものに対しては、何をしても許されるのだろうか。

いや、そんなことはないだろうか。


私は始まりと終わりのない夢の中にいた。

川は左から右に向かって流れていた。そこにおいては、方角がない。太陽の直射に目がくらんだ。意識というものが認識すらされなかった古い世界からやってきた光だ。私という存在を貫き、血液を赤く染め、魂を奮い起こしていた。

光はやって来ては去り、出口を失って通り抜けていった。


茶色い枯れ草―生い茂るススキをかき分けて、私は進む。風に漂う草のカスが私の顔の前を舞い、邪魔をする。不快感が残る。


目的はあった。心はない。でも少なくとも息はしている。吸うべき空気があった。


勇気を振り絞り、川の向こう岸に目を据えた。

そちら側の世界は、青々と茂る、緑一面の草原だった。

渡った川の水をしたたらせながら魔女は、地平線を目指して地獄へと向かっていた。

でもどうだろう、魔女にとってそれは天国なのかもしれない。


私には、わからない。


存在は、人間では無い。当然だ。今までも、これからも、豚を飲みつづけてきた、化け物だ。

人の憎しみは、生きていくための滋養だ。ズルズルと滑るように前に進み、足下を汚していく。意識は憎しみで満ちあふれている。

「夢の無い終焉はどこだろう」それは、ふとつぶやく。


ささやきに耳を貸してはいけない。


私はそれが地面に残した、緑色の液体と灰色のカスを目にして、思わず顔をしかめた。


「許さない」

言葉が頭に浮かんだ。すぐさま風になり吹き払われて、たどり着くよすがを無くし彷徨い、そして消えていった。


私は憎んでいるのか? 「何を憎んでいるんだ?」―心で念じるようにそう問いかけてみる。


答えは返ってこなかった。

当然のことかもしれない。

私には何かを理解するということができなかったのだから。

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じっと見ていると、その絵はいかにも自分の生まれ変わりを描いたもののように思えてくる。俺はイエス・キリストの生まれ変わりなのか?―「そう、世界の創造主は私だ。」

おい、今(聞こえた)のは誰だ?―一応聞いてみる。確認が取れるかも知れないから。

「誰でもない」―霧の中から風が答える。


そうこうしているうちに、動けなくなる。上の階の人たちが出産の現場にいる。彼らは若いカップルだ。奥さんは難産で、子どもの息が止まりそうになっている。息苦しい。ひどい匂いだ。人間の腐臭がする。旦那は頭の弱い人だから、何もできない。そんな気がした。だから僕が助けてあげなくちゃ。待っているだけだけど。でも、何を待っているんだろう?

「もしかして、僕はこのままここで死ぬのか?」

一人孤独に、全ての人に見放されて。まあいいや。赤ちゃんが生まれてくれば、僕の代わりになるさ。


「なぜ、今の今まで気がつかかなかった?―私が誰だか分るかい?」

「愛してる」

ママ・・・

僕たちの星には憎しみがあふれているんだ。うん。もうちょっとだけ待って。

「早くしろよ」


もう遅い・・ばかだ。おい、殺すぞ。


物事を考えることができない。

思念と思考が妄想に変わる。止めどなく溢れでて、混沌になっていく。


小説を書いたって、何も変わらない。

自分とは、何だろう。


今現在、私は空港で書店員として働いている。


病気のことは忘れて、ただひたすらに、生きていたい。

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