第17話 由衣の疑念
選ばれた側ではなく、選んだ側として
1
決断は、夜にしかできなかった
昼間は、考えられなかった。
大学に行き、
講義を受け、
友人とどうでもいい話をする。
そのすべてが、
**「まだ普通でいられる時間」**だったからだ。
決断は、
夜にしかできない。
世界が静まり、
逃げ場がなくなった時間。
俺は部屋の電気を消し、
自動販売機のランプだけを頼りに立っていた。
能力は、
そこにある。
観測者も、
どこかにいる。
そして、
妹は――
何も知らずに眠っている。
この三つを、
同時に守れる選択肢は、
もう存在しない。
2
協力とは、理解ではなく覚悟だ
スマホを手に取る。
あの番号は、
まだ履歴に残っている。
消さなかった。
消せなかった。
発信。
数回の呼び出し音のあと、
相手は出た。
「決まりましたか」
疑問形だが、
声には確信があった。
「……条件付きで、
協力します」
言った瞬間、
胸の奥が冷えた。
相手は、
一拍だけ沈黙した。
それは、
計算の時間ではない。
確認の時間だ。
3
条件は、合意ではなく境界線
俺は、
もう一度条件を口にした。
家族は対象外。
使用の強制なし。
事前指示なし。
再現実験なし。
「それと」
一つ、
付け加える。
「俺は、
結果の責任を
自分で取ります」
相手の声が、
僅かに低くなった。
「……その必要はありません」
「いえ」
俺は、
はっきり言った。
「それが、
俺が協力する条件です」
これが、
俺なりの主導権だ。
相手は、
しばらく黙っていた。
そして、
こう言った。
「理解しました」
受理だ。
4
契約は存在しない
「書面は?」
俺が聞くと、
相手は答えた。
「ありません」
「記録は?」
「あります」
都合のいい話だ。
だが、
最初から分かっていた。
これは、
法的な契約じゃない。
立場の確認だ。
相手は続ける。
「最初の依頼は、
近いうちに提示します」
「拒否も可能です」
「ただし――」
「拒否した事実も、
観測対象になります」
分かっている。
それでも、
俺は頷いた。
5
妹は、違和感を積み重ねていた
一方、その頃。
由衣は、
病院のベッドで
天井を見ていた。
怪我は軽い。
医者も、
「もう大丈夫」と言った。
だが、
違和感だけが残っている。
事故の瞬間。
――
あの車は、
ぶつかるはずだった。
理屈では説明できない。
だが、
それ以上に気になるのは、
兄の様子だった。
駆けつけた時の顔。
震え。
そして、
やけに早く落ち着いた呼吸。
あれは、
「間に合った人間」の顔だ。
6
妹は、答えを探さない
由衣は、
兄に聞かなかった。
「何かした?」
「どうやって助かった?」
そんな質問は、
無意味だと分かっている。
兄は、
嘘をつく時、
必ず
“優しい顔”をする。
今回も、
そうだった。
だから、
由衣は確信した。
――
兄は、
何かを隠している。
そして、
それは
聞いていい類の秘密じゃない。
7
すれ違う、二つの決断
退院の日。
由衣は、
何気ないふりをして言った。
「お兄、
最近さ」
「ちょっと変じゃない?」
俺は、
一瞬だけ固まった。
だが、
すぐに笑った。
「そう?」
「うん」
由衣も笑う。
「まあ、
前から変だったけど」
軽口。
だが、
その目は
逃がしていなかった。
この瞬間、
二人とも理解した。
――
これ以上、
踏み込まない。
だが同時に。
――
もう、
元には戻れない。
8
観測者は、決断を確認した
その夜。
自動販売機の表示が、
静かに変わった。
協力状態:
条件付き承認
初期依頼:
準備中
観測者からの通知も、
短く届く。
「あなたの選択を
記録しました」
「以後、
我々は
あなたを
“観測対象”ではなく
“協力主体”として扱います」
主体。
その言葉が、
妙に重かった。
終章
守るために選んだのは、孤独ではなかった
俺は、
一人で背負うつもりだった。
能力も、
観測も、
選択も。
だが、
現実は違う。
観測者は、
すでに隣に立っている。
妹は、
何も聞かずに
見ている。
そして俺自身も、
もう
「知らなかった自分」には戻れない。
条件付き協力は、
安全な道じゃない。
だが、
何も選ばないよりは、
ずっと誠実だ。
自動販売機は、
黙って光っている。
次に押されるボタンが、
何を意味するかを、
もう
俺は理解している。
配信タイトルを入力する。
――
「選んだ責任は、
誰のものか」
コメント欄は、
いつも通り笑うだろう。
だが、
この章で確実に変わったことがある。
俺はもう、
観測されるだけの存在じゃない。
条件を出し、
選択し、
責任を引き受ける側に立った。
そして妹は、
確信している。
兄は、
危険な場所に
足を踏み入れた。
それでも、
止めない。
止められない。
――
それが、
家族だからだ。
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