第6話 「検証」という名の一線

第一章

「検証」という名の一線


最初は、よくある流れだった。


考察系配信者の一人、

**「データ厨パンダ」**が

こんな配信タイトルを付けた。


「レンタル超能力大学生は

どこまで“偶然”で説明できるのか【検証】」


コメント欄は平和だった。


検証助かる

冷静でいい

どっちでもいいけど


俺も、

「またか」

くらいにしか思っていなかった。


だが、

彼は他と違った。


第二章

検証が「観察」になり始める


データ厨パンダは、

俺の配信をリアルタイムで同時視聴しながら、

逐一メモを取る配信を始めた。


発言までのラグ


言い直しの回数


当たった時と外れた時の声のトーン


全部、数値化。


コメント欄も冷静だ。


なるほど

今の外し方、意図的かも

人間心理っぽい


問題は、

次の段階だった。


「今日は“配信外”も見ていきます」


俺は、嫌な予感がした。


第三章

配信外に踏み込むな


次の日。


俺のSNSに、

こんなリプが付いた。


「今日、大学ありますよね?」


心臓が跳ねた。


俺は返さなかった。

だが、その夜の配信で

データ厨パンダはこう言った。


「今日、彼は大学に行っていました」


コメント欄がざわつく。


なんで分かる

それ言っていいの?


彼は続ける。


「学食の投稿時間と、

キャンパス付近の通信ログの一致率から

“可能性が高い”と判断しました」


アウトだろ、それ。


第四章

「検証だから」は免罪符じゃない


俺は、

配信中もいつも通り振る舞った。


「今日はですね、

超能力で教授の話が長くなる未来を――」


コメントは笑う。

だが、

空気が違う。


さっきの話、怖い

大学特定できそう

これ大丈夫?


その裏で、

データ厨パンダは言っていた。


「もちろん、

個人を攻撃する意図はありません」


「ただ、

事実を積み上げているだけです」


その言葉が、

一番怖かった。


第五章

越えかけた瞬間


決定的だったのは、

配信の予告枠だった。


「次回検証:

“彼の生活リズムは

本当にランダムなのか?”」


それを見た瞬間、

自販機が反応した。


警告:

使用者の安全係数が低下しています


推奨対応:

誤認誘導/遮断/介入


初めてだ。


“安全”という単語が出たのは。


俺は、

配信を始める前に

深呼吸した。


第六章

主人公の選択(コメディ的抵抗)


俺は、

あえて史上最もどうでもいい配信をした。


タイトル:


――

「超能力で一日中ダラダラする配信」


内容:


未来視で「この後も寝る」を当てる


透視で「冷蔵庫に何もない」を確認


身体強化を使わず階段で息切れ


コメント欄は爆笑。


何も起きねえ

平和

これはこれで好き


データ厨パンダの検証配信は、

完全に噛み合わなくなった。


「……特筆すべき事象はありません」


彼の声に、

初めて苛立ちが混じる。


最終章

一線は越えなかった。でも――


数日後。


データ厨パンダは、

一本の動画を出した。


「検証は、

ここで一区切りにします」


「理由は、

“エンタメの域”を

越えかけたからです」


コメント欄は割れた。


引いた?

大人だな

でも結局分からず


俺は、

その動画を最後まで見た。


彼は、

こう締めくくっていた。


「彼が何者であれ、

“面白い”という事実だけは

揺るがない」


救われた気がした。


だが同時に、

自販機の表示は更新されていた。


警告ログ:記録完了

一線越境:未遂


「……未遂って何だよ」


俺は苦笑する。


笑える配信のはずだった。

コメディのつもりだった。


でも、

世界は少しだけ本気になりかけた。


俺は、

次の配信タイトルを入力する。


――

「超能力者(自称)が

疑われすぎるとどうなるか検証」


コメント欄は、

きっとまた笑う。


だが俺は知っている。


次に誰かが

“一線を越える”としたら、

もう

笑い話では済まない。


自動販売機は、

今日も黙ってそこにある。


まるで、

「今回はよく耐えた」

とでも言うように。


そして俺は、

その“次”が

必ず来ることを、

なぜか確信していた。

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