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冬部 圭

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 年末、気の進まないままに職場の忘年会なるものに参加した。こんなことで忘れられる程度の嫌なことは、すなわち大したことでは無く、それ故こんな会に嫌がらせ以上の意味なんてないんだ。すみっこに座りそんな身も蓋もないことを口にしたら隣に座っていた先輩が、

「まあ、そりゃそうだな。下戸には辛いだろうけれど」

 なんて慰めてくれる。別に下戸と言うほどじゃないけれど特にお酒が好きでもないから会費分頑張って飲もうなんて気も起きない。飲みすぎて二日酔いなんてなったらお金を出して苦しい思いをするなんてことになるから、そもそもそんなに飲む気がしない。

「飲んでるかな」

 グラスの中を咎められない程度に少しずつ減らしつつ、何か食べようとしているとそんな声を先輩から掛けられる。

「ぼちぼちです」

 角を立てないように気を付けながら答えると、

「この店の飲み放題メニューは普段飲まないようなラインアップが充実しているよ。憂さ晴らしに新しい味に挑戦してみたら」

 と言いながら飲み放題のメニュー表を手渡される。そんなことを言う割には先輩はビールのようだ。

「試して口に合わなかったときのことを考えると、定番から外れた選択肢というのは気が乗りません」

 苦笑いしながらそう答える。

「まあ、それもそうか。世の中にはおいしい酒も口に合わない酒もあるからね。酒だったら何でもって言うよりよほど健全か」

 なんとなく酒談義が始まったような気がする。仕事の話をされるよりよほどいい。

「俺が試した中ではウィスキーの水割りかな。良いのになると結構するけど」

 そう言って先輩は好みのウィスキーをいくつか挙げる。ジャパニーズだったら、スコッチだったら、バーボンだったらとすらすらと名前が出てくるけれど、全部の味の特徴が頭に入っているのだろうか。僕はテイスティングとかしてもウィスキーということすら当てられるかどうか怪しい。

「僕には無理そうですね。コーヒーとかもコーヒーということしか分からない馬鹿舌なんで」

 またも苦笑いする羽目になる。先輩はそんな僕の苦笑いを気にしない様子で、

「飲み比べてないからどの味がどの銘柄か分からないだけで、繊細な舌を持っているかもしれないよ。試して見よう」

 と楽しそうに笑って、クラフトビールと生ビールをひとつずつ注文する。僕が両方飲むのならマナー違反だけど、先輩が空けたグラスと僕が開けたグラスが回収されたので両方持って来てもらえるようだ。忘年会で人数もいることだから見逃してもらえたのかもしれない。

 意味のないことだと思うけれど、この飲み比べに付き合うことで周囲のどうでも良い世間話に付き合わなくていいのならそれもいいかと思って、テイスティングに挑戦することにする。

 届いたグラスはいかにも居酒屋の生ビールですっていうのがひとつと、なんか高級品ですって主張している佇まいのがひとつ。グラスを見ただけでなんか味が違うのかもしれないって気がしてくる。

「へえ、クラフトビールのグラスは趣があるね」

 先輩は楽しそうだ。

「そもそもクラフトビールって何なんですか」

 なんか仰々しくておいしいですって主張している名前のような気がするけれど実際の所はどうなんだろう。

「俺も良く知らない。小規模の醸造所とかが作る地酒のようなビールかな。だから、明確にどんな味とは定義されていないんじゃないか」

 本当のところは分からないけれど先輩は簡単な説明をしてくれる。それだとどんな風に感じたら正解なのか分からないなと考えていると、

「違いを感じられるかどうかだから細かいことは気にしなくていいよ」

 とおおらかなコメントをもらう。間違えたら罰ゲームがあるとかじゃないから気楽にすればいいかという気持ちになって、まずはクラフトビールを飲んでみる。なんて表現したらいいか説明に困るけれど味が濃いというかくっきりしているような気がする。

 一回舌をリセットした方がいいのかもしれないけれど、あえて続けざまに生ビールを飲んでみる。なんとなく生の方があっさりしていて飲みやすい気がする。

「味の濃淡はなんとなくわかる気がします。語彙が少ないんでどんな味って聞かれると困るけど。僕は生の方が好きかな」

この辺は好みの問題だから人それぞれなんだろう。

「違いが分かれば馬鹿舌なんてことはないよ。十分だよ」

 先輩はそう言って大皿のサラダに手を伸ばす。一杯僕に譲ってくれたので飲み物がない。何も飲まずにむしゃむしゃとレタスの葉っぱを食べている。

「どっちの方が人気がありますかね」

 どうでもいいことが気になったので聞いてみる。

「そうだな。こってりしたものが好きな人とあっさりしたものが好きな人、人の好みはそれぞれだからな難しいや。でも、しいて言うなら生の方が一般受けする味を追求しているかも。クラフトは作れる量にも限界があるから『こんな味が好きな人』にターゲットを絞って尖った特徴を持たせているイメージがあるね」

 説明を受けるとそんなもののような気がしてくる。たくさん作ってたくさん売るなら万人受けするような味が良くて、少量生産なら、自分の拘りを追求することができる。目指すところが少し違うというわけか。

「どっちの方がおいしいというわけじゃなくて、好みに合うのはどちらかというわけですね」

 何か他のことにも通じるところがあるような気がする。

「そうだね。どちらがいいとかじゃなくてそれぞれに目指すところがある。だから人気投票とかだと差が出るかもしれないけれどそれだけで優劣が決まるわけじゃない。見知らぬ大勢にとっての一番になることより誰か特定の一人の一番になることの方が意味があるってこともあるだろうな」

 なんとなく人生訓を諭されている気分になる。

「生と合うつまみとクラフトに合うつまみもそれぞれですね」

 お小言まではいわないけれど説教じみてきたので話題の方向転換を図る。ちびちび飲んでいるのでふたつのグラスはどちらも半分程度残っている。何かをつまんでさっさと片づけた方がいいのだろうか。慌てて飲むのはもったいない気がする。

「何と何が合うと感じるのも人それぞれだろうな。唐揚げにさっぱりしたビールがいいって声が多いような気がするけど、俺は深い味のビールとの組み合わせが好きだね」

 あっさりしたビールだと油で重くなった口を軽くしてくれて、更に唐揚げを食べたくなる僕の好みと、先輩の好みは違うと言うことだろう。

「いずれにしても何が正解ってことはないんだろうね。ただ、どう感じたかを大切にした方が良いかもしれない。生とクラフトで同じ味だと思ったのなら同じものとして扱えばいいんじゃないか。だけど、違いは分かったんだろ。ならこれからは違うものとして飲み分ければいいと思うよ」

 先輩にそんな意図があるのかは分からないけれど、どうしても話の中に訓話的な部分があるのを感じてしまう。

 飲んで分からなくしてしまうかなんて乱暴なことを考えて、生を飲み干し、続けざまにクラフトも飲み干す。

 そんな僕の様子を見て先輩はいよいよご機嫌になって、他のみんなの話はそこそこに飲み放題のメニュー表を見ている。

「次は強い酒をと行きたいところだけれど、まだいけそうかな」

 なんて言われて答えに窮する。

「いや、今日はもう酒はやめときます。ウーロン茶で」

 何とか絞り出すように答えてグラスを全部空けるんじゃなかったと後悔する。先輩は僕の答えにも気分を悪くした様子はなくて、他のみんなと一緒に何かを頼んでいる。

「違いが分からない訳じゃない。比べてみていないだけなんだよ」

 明快に答えて先輩は笑う。

「でも比べて違いが分からないかもしれません」

 あんまり買いかぶられても困るので予防線を張る。

「違いを見つける必要は無いんだよ。その時は『このふたつに違いを感じない』が答えなんだ」

 それを素直に言えないから問題なのかもしれない。でも、「違いはない」ではなくて「違いを感じない」だから、間違ったことは言わずに済みそうだ。ぼんやりとそれは良さそうだなと考える。

「さあ、次の飲み比べだ」

 先輩は楽しそうにウーロン茶のグラスと多分黒ウーロン茶と思われるグラスを僕の前に置く。楽しんだもの勝ちか。今度の違いは判るかなと考えながら、まずはウーロン茶のグラスを手に取った。

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違い 冬部 圭 @kay_fuyube

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