第7話:決別と、届かない手
## エピソード:決別と、届かない手
### 静かな決別
嗚咽は、やがて途切れ途切れのしゃくりあげに変わった。カフェの穏やかなBGMが、三人の間の重い沈黙を埋めていく。エリとエリカは、ありさの拳を握りしめたまま、顔を上げることができなかった。
その静寂を破ったのは、ありさだった。
彼女は、まるで固まった彫像を慈しむかのように、友人たちの手をゆっくりと、優しく解いた。そして、音を立てずにすっと立ち上がる。その動きには、一切の迷いがなかった。
「…じゃ、行くね」
その声は、驚くほどに穏やかで、日常的だった。まるで、いつものように「また明日ね」と告げるかのように。しかし、その一言が、取り返しのつかない決別と、地獄への旅立ちの合図であることを、その場にいる誰もが理解していた。
### 届かない手
ありさは、二人に背を向けた。
その華奢な背中が、これからたった一人で背負うであろう運命の重さを物語っていた。
彼女が、一歩、また一歩と、出口に向かって歩き出す。
その瞬間だった。
**「…あ…!」**
エリとエリカは、同時に、弾かれたように顔を上げた。その目は、涙と驚愕で見開かれていた。
行かないで。
その言葉が、喉まで出かかった。
しかし、声にはならなかった。
代わりに、二人の手は、まるで意思を持ったかのように、ありさの背中に向かって、すっと伸ばされた。彼女の服の裾を、その指先を、ほんの少しでも掴んで引き止めたい、という、魂からの叫びのような動きだった。
だが、その手は、虚しく空を切るだけだった。
カランコロン、と軽やかなドアベルの音が鳴る。
ありさは、一度も振り返ることなく、カフェの外の眩しい光の中へと消えていった。
残されたのは、伸ばしたままの二つの手と、テーブルの上に置かれた三つの冷めきったコーヒーカップ。そして、これから始まる悪夢の、静かで、決定的な予感だけだった。
声は、出なかった。
ただ、引き止められなかった親友の背中と、空を切った自分たちの手の残像が、二人の目に、永遠のように焼き付いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます