天気の色
「嫌な天気だ」
僕はビニール傘越しにどんよりとした空を見上げて呟いた。
水滴が傘を伝って地面に落ちる。雨はもう何日も降り続いていた。太陽は顔を見せることなく、厚い雲の上を通り過ぎていく。昼と夜の境目がぼやけてくる。今、太陽はどこにあるのだろう。
雨に濡れた街は空と同じように重苦しさをまとっている。暗さとは違う。路面や、街路樹や、置き捨てられた空き缶など、各々の持つ色が普段よりも濃い。空と街の境目も曖昧だ。当然、僕も。
傘を差した人が鬱屈とした表情で先を急いでいる。それを見て僕もまた歩き始めた。今日は彼女との約束がある。
大通りから彼女のアパートへと続く小路に入る。小路はまっすぐと続き、最後には海と空とが混じり合う。港に近いこの街特有の潮気を含む風が頬を撫でる。
「?」
少しだけ、その風に彼女の気配を感じた。
彼女の流れるような髪が頬に当たり、鼻腔をシャンブーの匂いが満たす。思い出が溢れてくる。彼女とはじめて出会ったのも今日のような天気だった。
「あ」
水平線に光が差した。海も街も、色彩を帯びていく。
雨はもう、やんだらしい。
***
玄関の扉を開けると、透き通った青空に燦々と輝く太陽が私の目を眩ませた。
私は左手で日傘を作り、空を見上げて「嫌な天気......」と呟くと、急いで家を後にした。
明るい陽気とは対照的に街は静まりかえっていた。大通りには人の往来も少ない。その反面、ビルが所狭しと軒を連ねているので、日陰がいくつもできていた。
暗さとは違う。路面や、街路樹や、置き捨てられた空き缶など、各々が持つ色が普段よりも濃い。
私は大通りを尻目に少し外れた小路に入った。車が一台分しか通れないその道は、周囲に太陽の光を遮るような建物も少ない。所々に日が差しこんでおり、その場所だけは色彩が明るみを帯びている。大通りよりもこちらの方が賑やかな印象を受ける。
私の目に映る光は日陰と日向で混ざり合う。日向から日陰を通り、また日向へ。そうして幾つもの色の世界を渡ってきて、ようやく私の目に届くのだ。
私もまた光からすれば幾つもの色の世界を渡ってきた。時には黒く塗りつぶされることもあった。反対に、鮮やかな橙色に染まることも。一つ一つの色が私の至る所に塗り重なって、今の私を描き出す。
小路を暫く行けば突き当たりには海が広がっている。防波堤があるのにその先は青々とした道が続いているようだ。
水平線の向こうで海と空が繋がっている。海の青さと空の青さが溶け合って、一体どこからが海でどこまでが空なのか私には分からない。もしかすると小道を抜けた先に広がっているのは空なのかもしれない。
私は海に飛び込みたかった。空には飛び込みたくなかった。私を染めて欲しいのは、海の青さだった。
「本当に、嫌な天気」
私はもう一度呟いて、青色にぽちゃんと飛び込んだ。
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