第7話
ギルドの扉を開けた瞬間、
空気が一段、重くなった。
酒と汗と鉄の匂い。
笑い声、怒号、紙を叩く音。
――人が集まり、役割が交差する場所。
NOTICE:高密度社会領域
WARNING:個体識別負荷 上昇
「……うわ」
リィネが思わず声を漏らす。
「森より、よっぽど息が詰まるわね」
「慣れれば楽だ」
ガルドはそう言ったが、
その視線は無意識に俺を探していた。
……まだ、見えてる。
カウンターの奥に、受付嬢がいる。
若い女性で、書類を手際よく捌いている。
俺たちは列に並んだ。
前にいた冒険者が手続きを終え、去っていく。
次だ。
「次の方、どうぞ」
受付嬢の声。
視線が、ガルドとリィネを捉える。
――そして、止まる。
「……お二人ですね」
来た。
「三人だ」
ガルドが即座に言う。
「……?」
受付嬢は、瞬きをした。
「失礼ですが……
私の視界には、お二人しか……」
WARNING:集団認識からの除外が発生
「昨日の門番と同じだ」
俺は、心の中で舌打ちした。
「すみません」
俺は一歩前に出る。
カウンター越し、彼女の真正面。
「冒険者登録をしたい。
俺も含めて、三人分だ」
受付嬢は、困ったように微笑んだ。
「……どちらから声が?」
「俺だ」
「……?」
彼女の視線が、わずかに揺れる。
焦点が合わない。
NOTICE:音声入力は検知されています
ERROR:発話者の個体特定に失敗
「……魔道具の誤作動かしら」
受付嬢は、首を傾げながら書類を取り出す。
「では、まずお名前を」
心臓が、強く鳴った。
「……」
ERROR:NameTag参照不能
代替案:仮称の登録を提案
仮称。
昨日、使った“借り物の名前”。
――それでいいのか?
一瞬、迷っていると。
「俺はガルドだ」
ガルドが名乗る。
「こちらは、リィネ」
リィネも続く。
受付嬢が頷き、ペンを走らせる。
「ガルド様、リィネ様……
それでは――」
彼女のペンが、止まった。
「……もう一名、いらっしゃるんですよね?」
リィネが、ほっと息を吐いた。
「ええ。ここに」
受付嬢は、俺を見る――
いや、見ようとして、止まる。
WARNING:個体定義が揺らいでいます
「……」
沈黙。
ギルドのざわめきが、やけに遠くなる。
「……申し訳ありません」
受付嬢が、困ったように言った。
「“登録対象”として、
こちらで認識できない方は……
手続きが、できません」
言葉は丁寧だ。
だが、内容は残酷だった。
「つまり?」
ガルドが低く問う。
「――登録できない、ということです」
NOTICE:ギルド登録処理 失敗予測 98%
空気が、冷えた。
周囲の冒険者たちが、ちらちらとこちらを見る。
だが、視線は自然と――俺を避ける。
「……なあ」
ガルドが、歯を食いしばって言う。
「こいつは、昨日俺たちを助けた。
腕は確かだ」
「お気持ちは分かりますが……」
受付嬢は、申し訳なさそうに首を振る。
「規則です。
名前と個体識別が成立しない方は――」
NOTICE:規則=世界仕様
俺は、静かに息を吸った。
――規則。仕様。前提。
この世界は、
「名前を持つ者」しか、想定していない。
HINT:規則は例外を想定しない
「……なら」
俺は、カウンターに手を置いた。
「登録するのは、
俺じゃなくていい」
三人が、同時に俺を見る。
「どういう意味?」
リィネが聞く。
俺は、視界の赤い文字を追った。
BUG:パーティ単位登録における役割省略
条件:代表者のみの明示
「ガルドを、代表にしろ」
「は?」
ガルドが目を見開く。
「俺は、
“付随情報”として紐づけばいい」
受付嬢が、はっとしたように顔を上げる。
「……その方法なら」
彼女は、慎重に書類をめくった。
「“従属メンバー”として、
記載を省略する形での登録が……」
NOTICE:BUG適用可能
「できますか?」
「……規則上は、
“代表者の管理下にある無名の補助者”扱いになりますが……」
「構わない」
即答だった。
名前がなくてもいい。
登録されなくてもいい。
**消えないための“居場所”**さえあれば。
ガルドが、俺を見つめる。
「それで……いいのか?」
「今はな」
俺は、笑った。
「正式登録は、
名前を取り戻してからでいい」
リィネが、拳を握りしめた。
「……絶対、戻そう」
受付嬢が、ペンを走らせる。
NOTICE:ギルド登録 成立(変則)
状態:準構成員
カウンターの上に、二枚のギルド証が置かれた。
ガルドと、リィネの分。
――俺の分は、ない。
当然だ。
「これで、最低限の依頼は受けられます」
受付嬢が言う。
「ただし……
補助者の方は、あくまで影扱いです」
影。
妙に、しっくり来る言葉だった。
ギルドを出た瞬間、
胸の奥が、少しだけ軽くなる。
NOTICE:社会的接続が確立されました
NameTag欠損速度:安定
「……成功、か」
リィネが小さく呟く。
「成功だ」
ガルドが、力強く言った。
「形はどうあれ、
俺たちは“ここにいる”」
俺は、街の空を見上げた。
赤い文字は、消えない。
だが、今は暴れていない。
名前を持たない冒険者。
影として登録された存在。
――それでも。
この世界に、居場所は作れた。
NEXT:初依頼の割り当て
視界に浮かんだその表示を見て、
俺は小さく息を吐いた。
「……次は、
依頼の“中身”を見せてもらおう」
世界の欠陥は、
たいてい――仕事の顔をしている。
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