イリュナのシュナ

南ノ 彗

第1話 あおぞら

 青空は、少女にとって遠いものだった。

 同い年の子どもとは離れて、いつも部屋の片隅に膝を抱えて、うずくまっていた。

 どこまでも高くて、遠い存在の青空は、いつも、少女にとってはそこにあるだけの存在だった。


 ある日、旅人がやってくる。旅人は、遠くから歩いて、森も、海も、山も、谷も、草原も、川も、いろいろなところを超えてやってきた。けれど、空は超えてこなかった。

 少女は珍しく他の子どもと一緒になって旅人を囲い、話の切れ間に問いかけた。

「旅人さん、空の超え方はしっている?」

 旅人は、そのアッシュグレーの長い髪をなびかせながら微笑んで言った。

「知っている。もちろん、知っているに決まっている。」

 旅人の眸は、空の色だった。どこまでも澄んでいた。遠い、遠い、青空の色。どうやって? と他の子どもが無邪気に尋ねる。それを旅人は無視して、少女に問いかけた。

「知りたい?」

 少女はうなずいた。旅人は立ち上がりながら一冊の本を取り出しつつ、答えたのだ。

「物語さ。」


 旅人は一冊の本を残して、立ち去って行った。本は誰にというわけで置いて行かれたのではない。保存に困った人々は、本を保存する場所を作ることにした。みんなの財産として、一冊の本を扱うために。

 こうして設立された図書館は、へメルという名をもつ国内随一の大型図書館になり、少女の住む村はやがて、巨大な大学都市へと成長したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

イリュナのシュナ 南ノ 彗 @liisya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る