シャーロキアンのホームズ〜虚構ホームズの誕生〜

語り部ファウスト

第一幕: 一夜の過ち

これは、僕がなぜ“ホームズ”にならなければならなかったかを語る物語だ。

原典でも二次創作でもない。

語り部が見つめる、もうひとつのシャーロック・ホームズの誕生譚。

過去の罪、喪失、そして逃亡。

僕の名前が消え、“ホームズ”だけが残った理由を、君に話そう。


【第一幕】

やあ、君。僕はホームズだ。そして、ホームズを愛するシャーロキアンの一人だ。

なのにーーシャーロック・ホームズと名乗っている。

この物語は僕がなぜホームズにならなきゃいけなくなったかを話す。

ーーそういう物語なんだ。


1900年頃の事だ。イギリスのロンドン。霧の都にて僕は生きていた。

そこは、まるで本物のホームズが出そうな都市だった。昼は石畳と歴史ある建物に囲まれ、夜の闇に霧で異界のごとき不気味さで僕を誘う。


僕はその時、自分の名前を持っていた。幸せな男だった。

頭の中がお花畑と言われても、

仕方のない男だった。

ちゃんとした両親をもち、

ちゃんとした友だちをもち、

ちゃんとした仕事をもち、

ちゃんとしたプライベートさえあった。

ーー愛する人がいた。

彼女は、僕にとっては知の女神のような女性だった。

僕は彼女に詩を捧げ、彼女はーーいや、彼女への愛をどう言葉にしても、どうせ君にはわからない。

それにーー僕がさっき言ったものは、

全て僕を見放した。

たった一夜の過ちのせいでーー!


彼女とは違う女を抱きしめ、

とにかく喜びを分かち合いたかった。

それは愛ではない。

ーー本当に遊びだった。


僕は夜の散歩を愛していた。

あの日も、僕は散歩していた。

彼女からプロポーズのオーケーをもらって浮かれていた。

月の様々な表情を楽しみ、星の囁きに耳を傾けていた。

石畳の上を歩く時すら、夢見心地だった。

友人たちから祝福をもらい、

幸せな日々がこれからも続くと信じていた。


そこに女が現れた。

ガス灯下で、女が震えてしゃがみ込んでいた。

無視すれば良かった。

ーーだけど、頭の中がお花畑だった僕は女の肩に手を置いたーー。


気づいたら、

僕らはいい関係になった。

気持ちよかった。

悪くなかった。

僕らは知らない部屋にいて、

知らない寝台に仰向けになり、

それからお花畑の中にいたーー。

朝になって、女はいなくなっていた。


ーーそして、彼女にバレた。

しかも僕が女を脅して、関係をむすんだことになっていた。

僕は彼女に説明してと言われた。

心臓が跳ね上がってた。

「彼女の方から誘ってきたんだ!遊びのつもりだった!」と説明したんだ。

これで納得してもらえると、

その時に思ったんだ。

なぜかって?

愛する二人の前には神さまがいて、

見守ってくれるからさ。

だけど彼女は、悲しげに僕を見つめた。

「人との触れ合いは、遊びですまされないわ。」


こうして僕らは愛を失った。

彼女との愛を失っただけじゃない。

僕の全てが奪われた。

何が起こったか、わからなかった。

だから僕はドーバー港から船に乗って、海外へ逃げ出した。

本を一冊だけ持ってね。

それは彼女からプレゼントされたもので、医者のコナン・ドイルが書いた『緋色の研究』だった。

ーー彼女はよく僕を観察して、僕を驚かせた。

そのやり方が、この本に書いてあった。でも僕はーー、この探偵がイヤラしい男に思えて、よく読まなかった。

読んだフリをし続けてたーー。


波で揺れる船の甲板の上で、僕はため息をついた。

落ち着いたら、

故郷にはすぐに戻ってくるつもりだった。


ーーでもーー三年間も僕は彷徨ってしまったーー。

何が悪かったのか、

考えている間に。


(こうして、第一幕は緋色の研究で幕を閉じる。)

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