五寸釘案件
人は、死ねば終わる。
少なくとも、そうなっているはずだった。
冥府省送魂部・名古屋支部の黄泉送り、メイの仕事は、
この世に残ってしまった魂を、あるべき場所へ送り返すことだ。
だが、ときどき――
死んでいないのに、
この世に「残ってしまう」ものがいる。
▼△▼
スマートフォンの画面には、
同じ女の写真がいくつも並んでいた。
微笑む若い女性。
柔らかな照明。
丁寧に整えられた髪と、華やかなメイク。
カフェのテーブル、
花瓶の横、
窓辺のソファ。
どの写真からも、
“満たされている生活”の匂いがする。
そのすべてに、
かなりの数の《いいね》。
フォロワー数は、六桁を超えていた。
通知が鳴る。
また一件、フォローが増えたらしい。
「……また増えた」
女――
小さく笑い、画面をスクロールする。
だが、
ある投稿で、指が止まった。
昨日今日、現れたばかりのアカウント。
似た写真。
似た構図。
それなのに、伸びていく数字。
「……ポッと出のくせに」
声は小さい。
だが、感情だけが滲む。
画面を切り替えると、
いくつかの匿名アカウントから送られた
コメントの履歴が並んでいた。
名前も、アイコンも違う。
だが、文章の癖はよく似ている。
どれも丁寧で、
一見、好意的。
「雰囲気、素敵ですね」
「前より良くなった気がします」
「でも……」
その一言が、
必ず添えられている。
言葉はいつも、
相手の投稿の
“少し下”に刺さった。
送信時間は、
投稿から数分後。
ある日、
画面が真っ白になった。
投稿も、
プロフィールも、
表示されない。
——このアカウントは、
あなたをブロックしています。
小夜子は、
しばらく画面を見つめていた。
指は動かない。
胸の奥で、
何かがすっと冷えていく。
「……なに、これ」
「ムカつく」
それでも、
目を離すことはできなかった。
部屋は、
画面の中とはまるで違っていた。
床に脱ぎ捨てられた服。
シンクの汚れた食器。
――撮影に使う、
あの一角を除いては。
◆ ◆ ◆
生府省・熱田神宮支庁の榊のもとを訪れたのは、
あつたの森からほど近い場所に社を構える、
鈴之御前社(れいのみまえしゃ)の担当者だった。
祈願に訪れた女性に、
どうにも説明のつかない――
妙な“気配”が、まとわりついていたという。
死霊ではない。
呪詛でもない。
だが、明らかに人のものではない感情の重み。
報告書に並んだ単語を見て、
榊は小さくため息をついた。
「……生き霊、ですか」
「はい。本人に自覚はなく、
ただ、執着だけが異様に強くて……」
「生き霊……ってことは」
榊は額を押さえた。
「よりにもよって、貴船じゃないの」
担当者が困ったように黙る。
それだけで、答えは十分だった。
榊の脳裏に、
過去の記憶がよみがえる。
高天原の総会。
あの双子。
いつも笑顔で榊を巻き込み、
要領よく逃げていく。
大目玉をくらうのは、
いつも逃げ遅れた榊ばかりだった。
「……来るわね最凶が」
ぽつりと呟いてから、
榊は背筋を伸ばした。
◆ ◆ ◆
名古屋駅。
新幹線の改札を抜けてきた二人は、
驚くほどあっさりしていた。
「おお、久しぶりやな」
「相変わらず忙しそうや」
若い青年二人は、
鏡写しのようにそっくりな顔で、
同じように笑う。
榊は業務用の笑顔を貼りつける。
「……遠いところ、ご苦労さまです」
右舷から差し出された紙袋を、榊は受け取る。
「京都土産や」
中身は八ツ橋。
しかも――皮だけ。
「……相変わらずね」
「覚えててくれたんやろ?」
笑顔で応じながら、
榊の胸の奥は、ざらりとした。
新人の頃、
この双子に何度もからかわれた。
冗談のようで、冗談じゃない悪戯。
同じ生府省のはずなのに、
どこか冥府省寄りで、
境界を踏み越えることに、躊躇がない。
榊は、彼らが苦手だった。
◆ ◆ ◆
冥府省送魂部・名古屋支部。
「……なんで皮だけなんですか」
シノが、箱を受け取りながら首を傾げる。
「皮が一番うまいやろ」
「わかる人にはわかるんや」
双子は満足そうだ。
メイは少し離れたところから、
その様子を静かに眺めていた。
そっくりな顔。
同じ声の調子。
なのに、微妙に違う空気。
生府省側もなかなかに――癖が強い。
そんな印象を抱いた、そのとき。
「……あっ」
双子の視線が、一斉に机の上にいたぴよ丸へ向いた。
「なんやこれ」
「かわいいな」
次の瞬間、
二人揃って
ぴよ丸を囲む。
「触るな、無礼者」
「喋った!ようできてはる」
「かわいいなあ」
ぴよ丸は迷惑そうに、羽をしつ、しつと振った。
その光景を見て、
シノがぽつりと呟く。
「……嵐の前の静けさ、ってやつですかね」
メイは、何も答えなかった。
◆ ◆ ◆
現場へ向かう途中、
双子の口数は、目に見えて減った。
「……ここやな」
「間違いない」
「え? ちょっと待って、いきなり入ったら……」
メイが止めるより早く、
双子は躊躇なくマンションの扉を開いた。
鍵も、ノックも、必要ない。
扉の向こうは、
足の踏み場もないほど荒れた室内――
その奥に、
吉瀬小夜子がいた。
左舷が、小夜子を一目見て言う。
「感情の偏り、
もう是正できへんところまで来てる」
右舷が、短く頷く。
メイは、その言葉を胸に留めたまま、
ただ立ち会う。
左舷が、静かに手を伸ばす。
その指先には、
いつのまにか、
細長い釘があった。
五寸。
色の定まらない、
光を拒むような釘。
それを見て、
右舷が一歩、前に出る。
その表情は、
一切、動かなかった。
その手には、
すでに、
小さな木槌があった。
——カン……ッ!
その一音は、
空気を叩いたのではなく、
壁に落ちた、
不自然に長い影を、
一直線に縫い止めた。
張りつめていた空間が、
一瞬だけ、
音を失う。
次の瞬間。
女の身体が、
影からゆっくりと剥がれるように、
糸を切られた人形のように、
前のめりに崩れ落ちた。
処理が終わったあと、
沈黙が落ちた。
口を開いたのは、メイだった。
「……この女性は、
このあと、どうなるんですか」
右舷が肩をすくめる。
「生き霊は五寸釘で留めた。
もう外には出ぇへん」
左舷が、淡々と続ける。
「人間の方は、
強い感情が欠落する」
「嫉妬も、妬みも」
「感じへんようになる。
感情がないんやからな」
そこに、
善悪も、評価もなかった。
メイは、答えを返せなかった。
◆ ◆ ◆
その夜。
女はスマートフォンを手に取り、
投稿画面を眺めていた。
写真は、相変わらず華やかだ。
いいねの数は、以前より少ない。
女はそれを、
一瞬だけ見て――
画面を閉じる。
「……ご飯、食べよ」
淡々と呟き、
立ち上がった。
数字はもう、
ただの数字だった。
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