死者は語る

名古屋では、死者の“未練”が尽きない。

黄泉送りのメイは、今日もそれに向き合う──。


▼△▼


部屋の明かりの中、ぴよ丸は小さな羽でリモコンを器用に押し、

テレビの画面を一時停止した。


「……え? 留守番してるの?」


メイは思わず足を止めた。


「うむ。今ちょうど合戦の佳境でな。

 最後まで見届けねばならん」


映った大河ドラマでは、武者たちが入り乱れ、

土煙の中で槍が交差していた。


「……ああ、そう。じゃあ私は仕事行ってくるから。

 いい? 絶対、大人しくしててよ?」


「我はいつも大人しい」


「……大河ドラマに夢中になって騒がないでよ」


「案ずるな。武者たちを鼓舞する声は控える」


「もう、絶対騒ぐ気じゃん」


やれやれと玄関へ向かうメイに、

ぴよ丸は合戦シーンを再生しながら言った。


「メイも気をつけるのだぞ。

 名古屋の夜は……武者より恐ろしいからな……」


その声は完全に上の空で、

画面の武者たちの動きに合わせて妙に抑揚がついている。


「……ちょっと、人の話ちゃんと聞いてる?」


「聞いておる、聞いておるとも。

 だが今の突撃は無謀だな……」


(やっぱり聞いてない!)


メイは苦笑しつつ靴を履き、

日が暮れたばかりの名古屋の街へと出ていった。


夕焼けの赤がまだ空の端に残り、

街灯がぽつぽつと灯り始めている。


──このあと“あれ”に遭遇するとも知らずに。


◆  ◆  ◆


名古屋駅の東側に広がる、昔ながらの街並みを残す“四間道しけみち”。

その路地裏に、ひとりの女が佇んでいた。


【送魂処理済(一般案件)】

【死因:病死/吉岡のどか】


メイのスマホ画面には、既に処理済みのはずの名前が再表示されている。


「……この死霊カスタマーも一度送魂済み。

 ってことは、先日の箱から溢れた魂ね」


三十代半ばほどの女──のどかは、落ち着きなく通りを見回していた。


メイがそっと声をかける。


「吉岡のどかさん?」


のどかは弾かれたように顔をあげた。

そして──ぽつり、ぽつりと話し始めた。


メイは丁寧に耳を傾ける。


生前、のどかは別れた恋人に“話し合い”を求め続けていた。

誕生日、記念日、何でもない日にも贈り物を持ち、

彼の帰り道で待ち伏せした。


最初、男は戸惑いながらも応じていた。

だが次第に表情は引き攣り、

やがて恐怖と嫌悪を隠さなくなった。


男は帰宅ルートを、この“四間道”へ変えた。

見つけるまでは少し手間取ったが──

数週間ぶりに姿を見つけたその瞬間、

のどかは笑顔で彼へ駆け寄っていった。


その瞬間、男の顔が──恐怖で歪んだ。


のちに男は警察に相談し、

のどかには接近禁止命令が出た。


「……謝りたいの。つきまとって、ごめんなさいって」


のどかは俯いた。


「気持ちはわかるけど、のどかさんの姿はもう彼に見えないのよ」


「知ってるわ。ここで何度も話しかけたもの。

 でも……彼、無視するのよ……」


その瞬間。


ぞわり。


のどかの足元から、黒い影が這い上がった。


「……っ! 亡者化!? いきなり……!」


咄嗟に後ずさろうとしたメイの肩を、

のどかが掴んで押し倒す。


「?!」


のどかの顔が、ぐに、と崩れた。

黒い影に喰われたように、

目と口がぽっかりと空洞になっていく。


「逃げないでぇ……謝るだけよォ……」


「絶対、嘘!!」


(油断した……!これ、ヤバい……!)


のどか──だった“黒い影”が、メイの上に馬乗りになる。


その瞬間。


ぱん、と光が走り、

影が内側から爆ぜるように霧散した。


「メイ!! 大丈夫か!?」


レオンが駆け寄り、メイを抱き起こす。


メイは震える指で、

思わずレオンの胸元をぎゅっと掴んだ。

恐怖の余韻が、まだ身体の奥に残っている。


「レオン……っ、ありが……と……!」


声が震え、息が乱れている。


レオンは驚きつつも、その手をそっと支えた。


呼吸が、少し落ち着くのを待ってから、

低く、短く言う。


「……次からは、一人で動くな」


視界が、涙で滲んだ。


最近の不穏な動きを受けて、

ハス部長は“二人一組で動くように”と指示を出していた。


──その判断は、正しかった。


「──みーつけた。」


軽薄で、どこか楽しげな声が響いた。


メイは反射的に身を固くし、

レオンは彼女を庇うように一歩前へ出る。


レオンの視線の先。

アスファルトに落ちた影が、ありえない方向へ蠢いた。


ずる、と音もなく盛り上がり、

影はゆっくりと立ち上がるように形を成す。


やがて──

一人の若い男の姿になった。


明るい鳶色の髪と瞳。

しかし、その瞳は光を帯びているはずなのに、

どの闇よりも深かった。


「やあ、死神たち。会いたかったぜ?」


「……誰?」


喉がひゅっと鳴る。


息を呑むメイの横で、レオンが低く言った。


「箱の男……欧州本部で見た。間違いない。こいつだ」


「!?」


メイは驚いてレオンを見る。


男は唇の端をつり上げた。


「へえ、よく調べてんじゃん。

 やっぱりお前らと“遊んだ”ほうが、面白そうだ」


まるで旧友と世間話でもしているかのような軽さ。

そのくせ、瞳の底には氷のような無機質さがあった。


その瞬間、

レオンの左手──リング型デバイスをはめた指が、ぴたりと止まった。

リングの光がかすかに揺らぎ、

彼の驚愕に呼応するように微弱なノイズが走る。


指先がわずかに強張り、

小さく息を呑む音がした。


「……嘘だろ」


漏れた声は、いつもの冷静さよりひどく低い。


メイは不安に駆られてレオンを見上げる。

胸の奥が、きゅっと縮んだ。

彼のこんな声を聞くのは、初めてだった。


「お前……なぜ“死んでいる”?」


空気が凍りつく。


男は、楽しげに笑った。

その笑みは、まるで“いたずらが見つかってしまった子ども”のように。


──その笑みこそ、この街の災厄の始まりだと、

 この時はまだ誰も気がついていなかった。






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