ましろくん
R09(あるク)
第1話 友達が死んじゃった……
渋谷駅から
喪服で髪を振り乱して歩く依理の姿は周囲からも奇異に見えただろう。往来の人々の目線が痛い。
それでも良かった。今夜はひどく疲れていた。なるべく座席を確保し座って帰りたい。それに0:00からは、依理が大好きな男性アイドルグループのラジオ番組が始まる! 辛く悲しい想いは忘れて、ラジオを聞きながら、ゆったりリラックスして帰路につきたかった。
◆ ◆ ◆
──
同期だったし、仲は良かった方だと思う。
とても綺麗な子で、会社の男性陣からも人気があった。気遣い上手で仕事も卒がなく、かと言って男に色目を使うこともなく、飲み会も女の子同士を好んでいた。
その
通夜のその日、親族はそれについては何も触れていなかったが、噂では原因は自殺。
古い日本家屋の自宅の縁側の軒先で、ゆらゆらと、灯りの消えた吊り灯籠のようにぶら下がっているのを、家人が発見したのだと言う。
そのお通夜は、とても湿っぽかった。誰もが顔に作り笑いを浮かべ、明らかに目に涙を溜めたままの笑顔で、思い出話をしている男性社員もいた。
堪らなかった。
早く、この重苦しい場から去りたかった。
苦手だ。
それに、布団に寝かされている、すでに魂を失った花之葉の傍にいるのが堪らなかった。
「終電ですので」
同僚たちが次々と席を立ち始めたのが、依理にはありがたかった。
ただ1人、先輩で依理たちの教育係でもある
◆ ◆ ◆
タタタタタタタ、タタタタタタ……♪
……東京メトロ副都心線渋谷駅5番線の発車メロディである「おとぎのワルツ」が流れる。良かった。なんとか座席を確保できた。
終電だということもあり、車内はいっぱいだ。隣に座っているサラリーマンからお酒くさい匂いがプンと漂う。その中を、副都心線はゆっくりと進み始め、やがて車窓の副都心線ホームが足早に走り去っていった。
依理は、ほうっと、ため息をつく。
そしてイヤホンをバッグから取り出すと、ゆっくりと耳に装着した。
もうすぐ、私の大好きな番組が始まる。
イチオシの
依理はラジオアプリを起動する。そして番組が始まる0:00を待つ。
最近はドラマにも出始めていて、SNSでその演技が絶賛されているツイートを見ては、依理は喜んでいた。
23:59。
もうすぐだ。胸が高鳴ってくる。
毎週の楽しみ。
これさえ聞けば、
0:00。
番組が始まる時間だ。
だが……
(違う……)
いつもの聞き慣れたあの、オープニングテーマじゃない!
番組を間違えたのだろうか。依理はスマホを操作して、前の画面に戻ろうとする。だが、なぜかどれだけスワイプしても、画面が固定されてしまっていて、戻れない。
指先には、ガラス越しなのに、ぬめつくような感触がまとわりつく。
だが、依理がそれでも聞き入ってしまったのは、男性MCのタイトルコールがイケボだったからだった。
「告白・千一夜! ましろくんの『ラララン・ドリーム・サロン』!」
依理は声フェチだった。声の良し悪しが恋愛の上でも重要項目となる。それは
聞いてみよう。
依理は思った。
今は、イケボの海におぼれたい。幸い、聞き逃し配信もある。
◆ ◆ ◆
「さて、始まりました。告白・千一夜! ましろくんの『ラララン・ドリーム・サロン』。この番組は、ゲストの心に潜む闇を、根っこからすべて解き放ってしまおうという、超告白ショー。悲しい告白も過激な告白も、なんでもオッケー♪ 本日も生放送でお送りします! そして~。あなたのお相手はすでにおなじみ、
滑らかで優しくて、あたたかく、そして心と体すべてを包み込んでくれるような声。
こんな番組があったなんて知らなかった。
依理は半ば幸運に感じていた。
ラジオアプリの不具合か何か知らないが、お気に入りの声に出会えたからだ。
「では、その前にまず、ご紹介する曲は……。今、大人気ですね! 男性アイドルグループの新星・ライシス・マターの『フェイク・フレンド』!」
(これ!
依理のテンションはマックスになった。電車の中で、皆に気づかれないよう口ずさむ。電車が大きく揺れた。隣の酒臭いサラリーマンの方が依理の肩に当たった。だが、それも不快とは思わなかった。
それにしても、どんな番組なんだろう。依理も人並みに、告白とか秘密話の
やがて、ライシス・マターの曲が終わる。私の好きな曲を一発目でかけてくれる。
そんな番組の進行も依理は気に入った。
「さて。ライシス・マターの『フェイク・フレンド』、皆さまいかがだったでしょうか。実はこの曲をリクエストしてくれたのは、他ならぬ本日のゲストの方! シングルカットされておらず、ライブでもあまり歌われないそうですが、だからこそ聞きたかったそうです。いやいや、僕のお喋りはこのへんにしましょう。では、早速お呼びします。本日のゲスト~、カモン!」
それも依理の興味を引いた。同じライシス・マターのファン。しかも
(分かってる!)
そう思ったのだ。どんな子なんだろう。新卒の会社員というから芸能人ではなさそうだ。
誰か有名な人だろうか。例えば、インフルエンサーとか?
だが、その声を聞いて、依理は驚がくすることになる。
「こんばんは」
え……?
「ラジオ出演なんて初めてで、すごく緊張しています。ましろくんさん、よろしくお願いします」
「いや、ましろくんさんって……(笑)。ましろくんでいいよ」
「あ、あ……、そ、そうですよね。ありがとうございます」
「はい、落ち着いて~。まずは自己紹介を」
「そうですね。あのー。会社員をしております。まだ入社2年目です」
「初々しいですね。そのちょっと緊張している感じも好印象ですよ。では、お名前をどうぞ」
「あの……。私、
これ——
これは……私の声だ……!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます