ベストマイフレンド

第1話 出会いはいつも唐突に

『私たちの出会いは唐突で可笑しくて変だったと思う。』

 

 ‐1‐

 

 スマートフォンのアラームが鳴り響き、エレアは顔をしかめながら目を開けた。カーテンの隙間から差し込む朝日が容赦なく現実を告げる。


「エレア! 起きなさい!」


 母の声がドアの向こうから飛んでくる。返事をしたつもりだったが、自分の声が届いた気はしない。布団に潜り込む。あと五分……。だが、その五分で起きられた試しはない。


「こら! 今日、異変治安局の入隊式でしょ!」


――そうだ。今日は私、エレア・リフィディゲートが異変治安局に入隊する日。


「もう知らないからね! 朝ごはん抜きで行きなさい!」


 それは困る。慌ててベッドから飛び起き、パジャマ姿のままリビングへ駆け込むと、テーブルにはトーストと目玉焼き、コーヒー。母らしい簡素な朝食だ。


「遅いわよ! 早く食べちゃいなさい!」


「はいはい、ごめん!」


 怒っているというより声が強くなるのが母の癖。トーストを頬張りながら、母の問いかけに顔を上げる。


「……本当に行くの?」

「行くよ。なんで?」

「危険な仕事よ」


 確かに危険はつきものだ。だが、それを承知で選んだ。報酬も高いし、なにより――。


「異変治安局は私のためにある仕事だから」


 そう言い切り、食事をかき込む。時計を見ると八時四十五分。まずい。入隊式は九時から。急いで髪を結い、身支度を整え、リュックを背負う。


「じゃあ、行ってくる!」


 家を飛び出したとき、すでに遅刻は確定していた。

 

 ‐2‐

 

 アラームは鳴っていた。だが、りんの耳には届かず、目を覚ましたのは八時半。


「……最悪。なんで今日に限って」


 ベッドから飛び起き、寝間着を脱ぎ散らかす。クローゼットから服を引っ張り出して慌てて着替える。


「凛! もう八時半だよ!」

「分かってるって、お母さん! 私が悪いんですよー!」


リビングに降りると父が新聞を読んでいた。


「おはよう、お父さん」

「おはよう。……今日は遅かったな」

「ほんと最悪」


 文句を言いながら朝食を口に運ぶ。食べ終えて玄関へ向かうと、母が小さな袋を手渡した。

 

「これ持っていきなさい」

「……お守り?」

「そう。怪我しないように」

「ありがと。じゃ、行ってくる!」


 靴をつっかけ、飛び出した。入隊式まで、あと十五分。間に合うわけがなかった。

 

 ‐3‐

 

 スマホを見れば、まだ六時半。穂波ほなみは伸びをしてからベッドを出た。カーテンを開ければ、柔らかな朝日が部屋を満たす。

 

「おはよう太陽さん」

 

 ベットから降り、寝間着のままリビングに降りていく。リビングには妹の菜波ななみがいて、パジャマ姿で朝食をとっていた。

 

「おはようお姉ちゃん」

 

 といいながら菜波が朝食を食べている。今日学校は休みなので菜波もまだパジャマのままだ。

 

「おはよう菜波。」

「今日はずいぶんと起きるのが早かったね、やっぱり異変治安局の入隊式だから緊張してる?」

 

 菜波はにこにこと言う。

 

「うん……。私なんかにできるかな」

「大丈夫だよお姉ちゃん! お姉ちゃんは強いし頭もいいもん!」

 

 穂波は笑って返すが、穂波には自信がなかった。自分にそんな大役が務まるのだろうか、それに自分は人と話すのが苦手なのだ。

 

「お姉ちゃんならきっと大丈夫だよ」

 

 笑顔で言ってくれた。そんな妹の笑顔を見ていると本当に大丈夫な気がしてきた。朝食を食べ終えた穂波は身支度を終える。家を出ようとしたとき、妹に呼び止められた。

 

「頑張ってね!私応援してるから! あと、迷子にならないでよね。お姉ちゃん方向音痴なんだから。」

「迷子にはなりません! 行ってきます」

 

 そう言って家を出た。……はずだった。


「……あれ? ここ、どこ?」


 すぐに迷った。地図を開いても読めない。歩けば歩くほど分からなくなる。


「やば……完全に迷子だ……」


 泣きそうになりながら二時間歩き回り、ようやく会場にたどり着いたのは九時十分。遅刻だった。

 

 ‐4‐

 

「私は、あなたたちの入隊を歓迎し、異変治安局隊員として認めます」


 壇上で言葉を述べるのは、総司令・渾亡こんなき水無月みなつき。会場は静かに拍手に包まれる――はずだった。


「遅れてすみません!」

「遅刻しました、ごめんなさい!」

「ま、迷子で……遅れました……」


 3つの声が重なり、会場がざわつく。振り返れば、駆け込んでくる三人。


エレア・リフィディゲート。

終夜しゅうやりん

緋木ひぎ穂波ほなみ


 異変治安局の入隊式に、新入隊員三名がそろって遅刻。前代未聞の光景に、水無月でさえ言葉を失った。

 

 ‐5‐

 

 入隊式が終わり、昼食の時間。エレアは食堂で焼き鮭定食を注文し、席に着いた。箸を手に取ったとき――。


「ねえ、ここいい?」


 振り向けば、凛と穂波が立っていた。

 

「うん、もちろん」


 三人で向かい合って座る。


「私は終夜凛。よろしく」

「エレア・リフィディゲート。よろしく、凛」

「え、えっと……緋木穂波です」


 初めての自己紹介。すぐに雑談が始まり、打ち解けていく。


「初日から遅刻って、ほんと笑える」

「いや、凛も遅刻したでしょ」

「わ、私は……迷子……」


 三人は笑い合い、連絡先を交換した。


――ここから、私たちの友情は始まった。

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