【創作×青春】計算高い陰キャオタクは、底知れない高嶺の花と物語を紡ぐ
和藤 渡史(かずふじ わたし)
プロローグ 魔女になった高嶺の花
人物のスケッチは、“似せる”と同時に“暴く”作業だ。
溶き油と絵の具が混ざり合った、鼻をつんと刺す匂いが漂う美術室で、
“彼女”――七里一澄(ななさといずみ)を見ながら、僕はそんなことを考えていた。
貼り付けたような微笑と、揺れのないまなざし。
その奥には、一面に広がる夜空みたいな底知れなさがあった。
絵をまともに描いたことすらない僕は、
余計なことを考えず“各パーツを忠実に再現する”のが最善のはずだった。
――それなのに。
……創作心を刺激された僕は、あろうことか“味”を出そうとした。
僕なりに彼女を表現しようとした結果――
ディズニ〇に出てくる“あの魔女”、マレフィセン〇が完成した。
……まずい。
こんなのを見せたら、殺される。
――しかし時は待ってくれない。“処刑宣告”が静かに下される。
「じゃあ、砂原くんが描いたの、見せてよ」
……落ち着け。こういうときのために、僕はアニメから色々学んできた。
ピンチほど、余裕を見せろ。
そして――渾身のアドリブで切り抜けろ。
爽やかな笑顔を貼りつけ、スケッチブックを差し出す。
ページに視線が落ちる瞬間、全力の明るさを込めて言った。
「ごーめーん☆彡、七里さんを描く前に、マレフィセ〇トの練習をしてた!」
「……。………………」
……沈黙が怖い。
あと、目を少し細めるの、本当にやめてほしい。
たっぷり間を空けてから、七里一澄はゆっくりと顔を上げ、視線を僕に向ける。
――氷点下を思わせる冷たい視線を。
能面みたいに動かない口元の笑みのまま、静かで、刺さる声。
「……砂原くんから見た私は、こんな感じなんだ」
「違うんです! 画力が死んでるだけなんです! 本当にすみませんでした!!」
「……冗談だよ。そもそも全然期待してなかったし」
……なんていうか、感情がこもってないし、言葉に妙なエッジが効いているのは、気のせいだろうか。
これ以上続けても、評判が地中の奥底に沈んでいく未来しか見えないので、
「じゃ、じゃあ、今度は七里さんが描いたの、見せてよ」
なんとか体勢を立て直しつつ、話題を変える。
「うん」
拍子抜けするくらい素直に頷かれて、ほっとする。
どんな絵なんだろうと期待まで浮かべていると、
「はい」
彼女は、ためらいもなくスケッチブックを僕の前へ差し出した。
ページを開いた瞬間、視界に飛び込んできたのは――僕だった。
どこにでもいそうな、取り立てて特徴のない顔。
なのに、陰影のつけ方ひとつで、妙に“生々しい”。
立体感がある。
呼吸しているみたいに。
そして――
ぼんやりした目と、無気力に沈んだ表情まで。
見ないふりをしてきた“自分の現実”が、残酷なほど正確に描かれていた。
「……うっま」
そのひと言に、僕の感情はすべて集約されていた。
素人が“授業で描きました”のレベルじゃない。
「ありがと」
わずかに口元がほどける。
彼女にしては十分すぎるほどの“喜びの表情”だった。
「でも待って、七里さん」
「うん?」
「もし、そんなに上手なら、……もう少し盛ってよ」
「……盛るって、どこを」
「例えば、この表情。生気ゼロの顔とか、光のない目とか」
「え、でも――」
七里さんが何か言おうとしたのを遮り、今こそ声を大にして訴える。
「あと、もう少し目を大きくしたり! 鼻を高くしたり! やりようはいくらでも!!」
案の定、
彼女の顔は“困惑”→“同情”→“無”へと、綺麗なグラデーションを描いた。
最後にほんの少し沈んだ表情で、七里さんは静かに言う。
「……砂原くん。
私がどんなに頑張っても、焼け石に水だと思うから……力になれないかな。ごめん」
――この日、僕は心に大きな傷を負った。
……なんて茶化しておけば、全部誤魔化せると思っていたのに。
こうやって出来事に勝手に“ナレーション”を乗せてしまうあたり、自覚はある。
僕は日常の切れ端を、つい物語みたいに頭の中で書き換えてしまうのだ。
本当の始まりは、ここじゃない。
あの日、席替えで七里さんが“隣”になった瞬間から、
僕と七里さんの、少しばかり面倒な未来は静かに動き出していた。
……そのときの僕は、まだ知らなかった。
僕らの“創作”が、誰かの心を本気で殴りにいくことになるなんて。
まして、その看板に“煉獄の中の少女――ジャンヌ・ダルク”なんて大層な名前を掲げることになるだなんて。
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