最強能力「幸福量保存の法則」で世界に対峙する女子高生

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これ日常系やのに異世界に紛れ込んでしもうた

加藤湖畔は、状況がよくわかっていなかった。


目の前には、死屍累々の戦場が広がっている。

黒く焦げた大地。折れた槍。転がる鎧。血の匂い。

空は不自然な赤色で、遠くで雷のような音が鳴っていた。


「……ここ、空気悪ない?」


第一声がそれだった。


ついさっきまで、湖畔は自分の部屋でカップ麺を食べていたはずだ。

フタを半分開けて、湯を注いで、スマホを見ながら三分待って――

気づいたら、ここだった。


目の前で、マントを羽織ったおっさんが膝をついている。


「勇者様……ついに……来てくださった……」


おっさんは血まみれだった。

というか、周囲の人間、だいたい血まみれだった。


「え、なに? 撮影? なんなんこれ?」


湖畔は周囲を見回した。

カメラはない。スタッフもいない。

代わりに、でかい角の生えた化け物の死体が転がっている。


「……これ、あかんやつや…きっしょ」


湖畔は、とりあえず歩いた。

理由はない。立ち尽くすのもアレだったからだ。


戦場のど真ん中を、スニーカーでてくてく歩く女子高生。

剣も持っていない。防具もない。

ジャージにパーカーという、完全に場違いな格好だ。


周囲の兵士たちは、なぜか誰も止めなかった。

止める余裕がなかったとも言う。


湖畔が歩くたび、空気が妙に重くなる。

胸を押されるような感覚。

誰かが咳き込み、誰かが膝をつく。


その先に、魔王がいた。


玉座のような岩に座り、巨大な体を揺らしている。

角。黒い鎧。燃えるような目。


「……勇者、か」


魔王が言った。


湖畔は首を傾げた。


「いや、ちゃうねんけど」


次の瞬間だった。


魔王が、胸を押さえた。


「ぐ……ぉ……」


膝から崩れ落ちる巨体。

岩が砕ける音。

周囲がざわつく。


「ま、魔王様!?」


魔王は答えない。

白目を剥いている。


数秒後、沈黙。


「……え?」


湖畔は、近くにいた兵士を見る。


兵士は震えた声で言った。


「し……心筋梗塞……です……」


沈黙。


そして――


「魔王が……死んだ……?」


誰かが呟いた。


次の瞬間、歓声が上がった。

泣き崩れる者。剣を掲げる者。

湖畔は、完全に置いていかれていた。


「え、あたし、なんもしてへんけど?」


だが、誰も聞いていない。


「勇者様だ!」

「勇者様が魔王を討った!」

「救世主だ!」


「ちゃうねん。ちゃうねんって、えっ?」


否定は、完全に空気に溶けた。


その後のことは、正直よく覚えていない。


城に連れて行かれ、飯を食わされ、酒を注がれ、

よくわからない勲章を首にかけられた。


「これ、売ったらなんぼになるんやろ?」


と言ったら、泣かれた。


やがて、光が湖畔を包んだ。


「役目は終わった。元の世界へ戻るがよい」


誰かがそう言った気がする。


次の瞬間。


湖畔は、自宅近くの路地に立っていた。


「……戻ってきたんか」


足元を見た、その瞬間。


ぐにっ。


「……うわ」


犬のうんこを踏んだ。


「最悪や……」


湖畔は顔をしかめ、空を見上げた。


「まあ……今日はツイてたんかな」


そう言って、家に帰った。

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